テロリスト
□つま先立ちでKISSB
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いつの間にか、空には一番最初の星が輝いていた。
まだ、茜色に染まる空を追い越して。
一番星はそうやってやがて来る夜を教えてくれている。
「・・・忍・・・何処に行こうか?」
ヒラヒラと揺れるスカートを太腿の前で一つにまとめて捲り上げ、足首まで海に浸かる忍に宮城は語りかけた。
もう、帰ろう・・・、ではなく。
海からあがれ・・・、でもなく。
宮城の口から出た言葉は『ドコニイコウカ?』だった。
それは、自分より17歳も年下の少年に向かって答えを求める言葉だ。
宮城は純粋に分からなかったのだ。
自分が、何処に行けばいいのかを・・・
「宮城・・・そこに居てて。」
ふわりと微笑んだ忍は足元の海水を跳ねさせてゆっくりと宮城に向かって歩み出した。
潮風が忍の周りを纏うように吹き抜け、髪を揺らす。
海水で濡れた足に砂粒が張り付いて忍の足を白く染めていく。
身を屈めると不意に動作が止まる。
砂だらけの足では靴が履けないと思い至ったのか、忍は靴を履かず、そのまま手で持ち上げた。
そして、靴を片方ずつの手でぶら下げてから小首を傾げて宮城に向き直り・・・・
「・・宮城、おんぶ、して。」
小さなテロリストの先制攻撃が始まった。
海岸線に添いながら一直線に伸びた遊歩道を宮城は裸足の忍をおんぶして歩いた。
「まだ足は乾かないのか?」
「まだまだ乾かない。」
うなじをくすぐるほど近い距離からの即答。
濡れた足が乾けば自然に砂も落ちるからそれまでのおんぶだと言い聞かせてそうしたが、本人曰く、足はまだ乾かないらしい。
耳元をくすぐり、クスクスと笑う声。
自分の両脇から伸びた足が、時折楽しそうにパタパタと揺れるがその足に砂の粒はもう付いていなかった。
宮城はそれに気づいても何も言わず、ただ、当ても無く遊歩道を進む。
「なぁ・・宮城・・・花火しよ?」
「花火?」
「うん、花火・・・・」
「んなもん何処にあるんだ?」
「ここにあるんだ。さっきの出店で売ってた」
靴と一緒に握られたビニール袋の中身はどうやら花火だったらしい。
忍は自慢げにビニール袋をガサガサと揺すって見せ付けた。
「春に売ってる花火なんて去年の売れ残りだろ?しけってるんじゃないか?」
「違うよ。夏に向けていち早く入荷した最新作の花火なの!」
ムキになって言い返す忍に宮城は『はいはい、そうですね。』と気の抜けた返事をして忍をおんぶし直した。
花火するにはまだ少し明るいネオンブルーの空の下。
宮城は花火をする場所・・・という目的を見つけて歩き出した。
当ても無く歩いていた時間が、忍の『花火、しよ?』の一言で足取りが軽くなり、意味のある時間に変わる。
何処で花火をしようかと忍をおぶさり辺りを見渡せば、丁度整備された広場があった。
近くにトイレもあるので水にも困らないからここにしようと決める。
「水道があるぞ、足を洗うか?」
「ううん。もう乾いたから・・・・」
宮城が姿勢を低くしてやると忍は裸足のままアスファルトに降りて、ゴソゴソと靴下とスニーカーを履いた。
「さぁ、宮城っ、花火しよ!花火っ!ライター貸して」
靴先をトントンと地面に打ちつけ、手には早くも花火を持って宮城に火を急かす。
仄かなライターの火が点れば、次の瞬間に青と黄色の火花が飛んだ。
「あははっ、ナイアガラの滝〜っ」
手持ち花火を高く持ち上げ忍は流れ落ちる火花を大げさに表現する。
「じゃ、オレはガメラの飛ぶ真似。」
忍につられて宮城も花火をふたつ両手に持ってクルクルと回転した。
「何?ソレ?」
「あん?ガメラが飛ぶ時って甲羅の中の手足の部分から火を噴いて飛ぶんだ・・・知らないか?」
「知るわけねぇだろっ。何年前の話だよ!?ガメラ自体何かも知らん。」
17歳の年齢差を思い知らされる会話をしつつ、夜はゆっくりと深くなる。
小さな灯火を灯す、ふたつの影を落として。
「では、最後のメインですっ」
ジャーン!と自分で効果音を言って忍が意気揚々と取り出したのは地面に置いて着火する打ち上げ花火だ。
結構高かったんだぜ?と何やら自慢して忍は打ち上げ花火の導火線に火を点ける。
最後の花火は呆気ないほど簡単に火が点いて、火花が導火線を移動する。
「忍、危ないからこっちに来なさい。」
「うん。」
宮城の呼びかけに忍は小走りに寄ってきて隣に寄り添うように立った。
花火が打ち上がるまでの緊張は幾つになってもワクワクさせるものだと宮城は思う。
…ぎゅ。
不意に掴まれたシャツの後ろ。
隣に佇む忍の仕業。
いつもの忍の自己主張。
花火が上がるまで掴んでいるのか。
花火が消えても掴んでいるのか。
その手はきつく、強く、宮城のシャツを握る。
………ヒュルヒュルヒュル…・・・
……・・・・・・ドンッ。
夜空に広がる大輪の花・・・とまではいかない、慎ましやかな花火が打ち上がる。
「へぇ、小さいけどちゃんと丸の形になってるじゃないか。」
あっという間に消えてしまった小さな花火だったけど、それは誇らしそうに丸い火花を夜空に描いた。
「・・・・宮城・・・知ってる?」
「ん?何を?」
花火が消えた後の白い煙が風に流されて行くのを見ていると、忍が静かに囁いた。
「花火ってね・・・・空の上から見下ろしても、空の下から見上げても・・まん丸なんだよ?」
その瞬間、宮城は言葉を失った。
頼りなく自分のシャツを握り締める幼い少年が何を言おうとしているか分かったから・・・
------『あの人』も、俺達と同じまん丸な花火を見下ろしているよ。
-------この空の上から。
忍はそう言ってから、ポスッ…と宮城の背中に額を寄せた。
火薬の残り香と共に、春の日向のような香りが宮城の鼻をくすぐる。
微かな息遣いと規則正しい鼓動のリズムを背中に感じて、宮城は立ち尽くした。
知っていたんだ・・・
忍は最初から、俺が『あの人』を連れて海に来た事を・・・・
忍を通して、『あの人』を見ていた事を・・
いや。違う。
忍が女装して待ち合わせ場所に現れた時から、忍は『あの人』を連れて来たんだ。
忍自身が。自ら望んで。
いつまでも過去に囚われたままの弱い俺の為に、『あの人』を連れて海に来て・・・・
『あの人』を空に還す為に、子供じみた花火を打ち上げたのだ。
-----『ねぇ、宮城・・・・人が本当に死ぬ時って、どういう時か分かる?』
見えない海から聞こえる波の音と『あの人』の声。
------『忘れられちゃう時なのよ。』
波の音が聞こえる・・・
繰り返し、繰り返し。
-------『だからね、宮城・・・もう十分なの。私はこんなにも生き続けられて、幸せなの・・・・・』
潮風が、空に還っていく・・・
--------『宮城・・・大事にしてあげなよ?大切なんでしょ?その背中に、くっ付いてる子。』
空に消えていく・・・・
この背中にぬくもりと鼓動を残して。
大切で愛しい者を残して。
「・・・・忍。」
「なに?宮城・・・」
真っ直ぐに自分を見つめているだろう瞳を見るのがなぜだか戸惑い、宮城は顔を俯かせて忍と目線を合わせないようにした。
「忍・・キス・・しようか?」
「・・・・うん。」
見つめられないままの宮城の視線は、アスファルトの地面を彷徨い、やがて忍のスニーカーを見つけた。
…クンッ、と曲がるスニーカーの先。
潮風が、忍の吐息を運んでくる。
暗闇のカーテンに包まれ重なるふたつの影。
優しく夜空に見守られたなら。
そっと、今・・・
つま先立ちして、KISSをする。
*****
〜fin〜