テロリスト
□つま先立ちでKISSA
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桜色のカーデガン
『私には、似合わないでしょ?』
そう言って笑うあの人の笑顔は
波の音のような・・・・
消えては、打ち返す事もなく
ただ、消えて・・・・
「やっぱり何処かで見た服だと思えば理沙子の服だったんだな・・・姉の服を勝手に着て怒られるんじゃないか?」
「姉貴がもう要らないって捨てたやつを・・・その・・・」
「・・・拾ったのか?」
言いずらそうな言葉尻を代弁してやると忍は顔を真っ赤にして頷いた。
身の置き場がないように小さく縮めた身体に添ってふわんとしたスカートの裾が舞い、ピンクのカーデガンが揺れる。
「とにかくだ・・・駅で突っ立てても仕方ないから電車に乗るか?」
吹かしたタバコを携帯灰皿に押し込んで宮城は駅構内に足を向けた。
「み・・・宮城・・・いいの・・?」
少し遅れて忍が焦ってついて来た。
「いいの・・・って・・・いいんじゃないか、別に。そのままでも・・・」
てっきり着替えろと言われると思っていた忍は宮城がそのままでもいいと言ってくれて面食らっている。
宮城だって、最初はそう思った。
馬鹿な格好なんて止めさせ、家に引っ張って帰ろうと・・・
でも、なぜかそうする事をしなかった。
------『こんな服を着ちゃうと・・・外に出かけたくなるじゃない・・・ねぇ、宮城・・・』
病室の片隅で、彼女はそう言って叶わぬ願いに儚い笑顔を見せた。
同じ、桜色のカーデガン。
「お前、案外似合ってるし・・・」
歩きながら振り返りもせず宮城が呟くと、背後から『うん・・』と、これまた小さな声で忍の返事が返された。
後ろから自分のシャツが、きゅうっと握られたのを感じる。
それは、忍がいつもする小さな小さな自己主張。
そうやってこの小さな暴君は自分が此処に居るのだと宮城に伝えるのだ。
いつも、いつも。
どんな時でも。
背中越しに伝わる、小さな存在。
儚く笑った彼女。
はにかんで笑う少年。
同じ、『想い』。
-----『宮城の隣で、居られたらいいのに。』
宮城の後をついて来た忍はカタン、コトンと電車に揺られながら、少し離れた場所から窓の外を眺めていた。
電車の中は満員とまではいかないが座る場所もないほどけっこう混んでいた。
人と人が何かの拍子でぶつかるくらいの混雑の中、二人は他人を装うようにして距離を取っている。
お互い、元々あんまり話すタイプではないし、何より女装している忍がこんな公衆の面前で野太い男の声を出せば怪しまれるに決まっているのでそれも含めて黙っていた。
やがて、アナウンスが目的の場所を告げると宮城は忍の手を握り下車した。
忍はいきなりの下車より、手を繋がれた事の方が驚いているようで、もごもごと一人なにやら言いたげに口ごもる。
「あの・・宮城・・・五色浜駅って・・ここ、海・・・?」
「そうだ。都会じゃ珍しく砂浜があるんだ・・たまには海を見るのもいいと思わないか?その前に行き道の何処かで店に入って昼飯を食おう」
駅名からでもここが海の近くの駅だとは容易に知れたが、改札を抜ければ潮風が心地よく忍の頬を撫でた。
「宮城、俺そんなに腹減ってないから飯は別に・・・」
「駄目だ。お前昨日からろくに食べてないだろ?」
腹が減ったどうこうよりも忍は海が早く見たくて仕方なかったのだ。
ただでさえ家を出たのが遅かったから、店なんかに入ってたらますます海でゆっくり出来ない。
「・・じゃあ、宮城、アレ買って来るから待ってて!」
「え?おい、忍・・・お前そんなのでいいのか?」
宮城の手を離して忍が駆け出したのは、海の近くではよく見かける出店だった。
忍はそこでなにやら物色して、宮城の元に帰って来た時にはフランクフルトや焼きソバといった定番の食べ物を抱えていた。
「そんな可愛い格好してソーセージ食ってるなんて似合わないぞ?」
「そうか?美味しそうに食べてりゃ似合うも似合わないもないだろ?」
これは宮城の分な。と言って忍はフランクフルトを渡し、さっそく自分の分にかぶりついた。
あどけない顔をして忍が美味しそうに食べているのを、宮城は目を細めて見た。
-----『なんでも美味しそうに食べる子って、きっと素直で良い子なんだと思うわ。宮城を見てればそう思えるの・・・』
近くなる波の音と共に、また聞こえる『あの人』の声。
忍と駅で落ち合ってから何かの拍子に聞こえてくる。
吹き抜ける風と共に・・耳をくすぐり
光射す木漏れ日の中に・・見え隠れしたり
溶け込んでは聞こえる声とその面影。
ここに居るはずもないのに・・・・
まるで、3人で肩を並べて歩いているような錯覚を覚える。
「忍、ほら、手。」
「・・・ん・・・」
二人してフランクフルトを頬張りつつ、空いた片手を忍に差し出せばすぐに繋がる手と手。
宮城は繋いでやっている、みたいな態度だけど手を繋ぎたかったのは宮城の方だ。
何だか無償に手を繋ぎたかったのだ。
此処に今、確かに存在してる忍のぬくもりを自分だけのものにしたくて・・・
溢れる想いが掌から零れ落ちそうで、宮城は忍の手をひたすらに握った。
そうしてぎこちなく手を繋ぎながら砂浜に辿り着いた頃には日がだいぶ傾いていた。
薄っすらと空が茜色に染まり出しているけど海はまだ青さを保ったままで澄み渡っている。
「わぁ、海ってすっげぇ久し振りだっ。海の水って冷たいかな?入っても大丈夫かな?」
「・・・・人にどうかと聞きながら靴を脱いでるじゃないか・・・」
「へへへ。やっぱ海に来たんだから足くらい浸けたいじゃん?」
いつも子供扱いすんなっ、と言っては怒る忍も開放的な海の前では子供にしか見えない。
脱いだスニーカーに靴下を突っ込んで、裸足で砂浜を歩いて行く。
点々と砂に残る足跡が忍の逸る心を表していて、捲り上げたスカートの裾から覗く素足が瑞々しい。
「ひゃあぁっ、つめてぇっ!!」
跳ね上がる水飛沫に、零れるような忍の笑顔。
そこには大人になり切ってない、少年の幼さが溢れている。
「そりゃ冷たいだろ?海水浴にはまだ早いからな。」
「・・・でも、気持ち良いよ。ありがとう、宮城、連れて来てくれて」
染まる夕日を背に受けて、忍が笑う。
-----『ありがとう、宮城、好きになってくれて』
桜色のカーデガン。
潮風の中、繋いだ手。
波の音と共に聞こえる囁き。
ああ・・・・
そうか・・・
そうだったんだ
・・俺は忍と一緒に『あの人』も連れて海に来たんだ・・・・
*****
つづく。