ロマンチカ

□距離に恋してる。
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ウサギさんのとなりで見る夢はきっと音しか存在しない。

『パチパチ。パチパチ。』

規則正しく鳴り続けるその音はパソコンのキーボードの音。
時々、ライターの石が擦れる『シュポッ』という音の後に『フーッ』という溜息。

・・・・美味しそうに吸うなぁ・・タバコ。

目を開けて見るよりも目を閉じているほうがウサギさんをより近く感じる。
ウサギさんが何をして何を思っているのか手に取るように分かるのって、不思議。

「こら、美咲。んな所で寝るなよ」
「・・・・ん。」

ウサギさんが俺を咎めるのは此処がリビングで、俺はそこのソファーの上でうたた寝をしているから。

「・・・・邪魔?」
「寝てるだけだから邪魔にはならんが、風邪ひくぞ。」

『此処で、居たいな。』
しゃべるのが億劫なので声に出さないまま再びまどろむ。
キーボードの音がまた規則正しい音を紡ぎ出せば深い安堵感が訪れる。

聞きなれた音って安心するらしい。
お腹にいる赤ん坊が母親の胎内を流れる血の音に安心するのと同じで、俺にとってはキーボードの音が母なる海の音。

俺が眠りにつくまでずっと鳴っていて欲しいくらいだけど、それじゃウサギさんの仕事がいつまでも終わらないって事になるので、それを願うのはやや問題がある。

それにこのタイピングのスピードからして、もうすぐ終わるんじゃないかな?

〜♪。

ほら、パソコンの電源が切れる音がした。


「美咲・・・。」
「ぅー…、んっ、ウサギさ・・ん・・終わった?」
ウサギさんの疲れた声に混じって甘えたような声が頭上から降り注げば首筋にぬくもりを感じる。

「疲れた。」
「うん。お疲れ様。えらいえらい。」
疲れを癒してあげるのは家賃代わりの家事全般の中に組み込まれているから俺は圧し掛かってきたウサギさんの背中をトントンと叩いてあげる。
ちなみにウサギさんを褒めてやる気を出させるのは完全にオプションだ。
別料金を貰わないと。

「ご褒美、頂戴。」
「んっ。」

キスはどうしようか?
別オプション?それともサービスって事で無料か?

・・・ちゅ。
「・・・・・はっ・・・」
重なっただけなのにお互いの唇が離れると間には唾液で出来た銀の糸が引く。

・・・くちゅん。
「っ、んふ・・・・」
銀糸が切れるのが惜しいのかウサギさんがまたすぐ唇を重ねてきた。

暖かくて、濡れたキス。
気持ちいいから、やっぱりサービスにしてあげよう。

寝ぼけたままの気だるい体がソファーの上でウサギさんの手に触れられる。
頬から、首筋、髪をひと束にして指で絡めて遊んでから離れるとシャツの裾に潜り込んでくる悪戯なウサギさんの手。

(・・・このまま流されてここでスルのかな?
別にいいけどせめて電気は消して欲しい。)

「・・・ベットに行こうか?美咲。」
「ふ、っ・・はぁあ・・・」
囁きかけるウサギさんへの返事はすっかりキスで熱くなった吐息。

「その方が美咲をゆっくり愛してあげられる・・」
誰も聞いてないのにワザと煽るようなウサギさんの声。

ウサギさんの声も安心出来て好き。

今度のキスは俺の意識を自分に向けさせるために施されたものらしく少々強く吸い付かれた。
甘い刺激は効果てき面で美咲はトロンとした、けれど宇佐見を見据えた視線を返す。

「・・・ベットに行く。」
ベットへ誘う宇佐見の言葉に同意して美咲はすらりと伸びた細い足を床に下ろし立ち上がろうとした、が。

「ひゃあっ。」
「うわ、あぶなっ!」

立ち上げるまでもいかない途中で美咲の膝はガクンと折れてバランスを崩してしまう。
床に崩れる寸でのところで宇佐見がとっさに抱き上げ膝の裏に手を差し入れ美咲を掬い上げるように横抱きにした。

美咲は抱かれるままに自分の両腕を宇佐見の首に巻きつけしがみ付いてくる。
どうやら定番のお姫様抱っこでベットまで運べと無言の欲求をしていた。

時計の針はすでに深夜を大きく回っている。
何も言わずに美咲はただソファーに寝転び宇佐見の打つタイピストの音に耳を傾けながら宇佐美の側を離れようとしなかった。

寂しいのか、不安なのか、目蓋は閉じていたが睫毛は常にふるふると震えていた。

『待っていてくれて、ありがとう。』
美咲が果たして自分を待っていたかどうか分からないが宇佐美はいつもの自意識過剰な考えを付け足して感謝の言葉を心で述べる。

美咲を落とさないよう細心の注意を払い2階へ上がり片手で器用にドアノブを回し、自分の部屋に入れば玩具箱をひっくり返したようなベットの中に一番大切な玩具の美咲を落とす。

自分の重さで沈んだスプリングのせいで転げ落ちてくる幾つかの玩具をクスクスと手で払いのけて美咲は笑う。

「・・・目、覚めたか?」
「さぁ?どうだろ?」

笑いながもその目蓋はまだ閉じられたままで、宇佐見はどうしても美咲の瞳を見たい衝動にかられた。

快感に潤む瞳を。
焦れた愛撫に揺れる瞳を。
自分だけを映す、その瞳を。


「・・・・美咲、目を開けて・・・今夜はもう眠れないから・・・」

-----諦めて、一晩中、俺を見ていろ。


「うん・・・知ってる。俺も今夜は眠らないって決めたから。」

------ウサギさんの側で見る夢は、きっと、ウサギさんしか見えない。



長い、長い。
夜のしじまにふたりで溶けたなら・・・

眠らない夜を越えて。
 愛し合い・・・

眠れない朝を迎えて。
 笑い合い・・・

そんなふたりの距離がいつまでも続きますように。





〜fin〜

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