ロマンチカ

□さくら、さくら
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例えば。

例えばそう・・・


こんな風にふたり、桜の木の下で舞い落ちる桜の花びらを眺めていれたらいいと思う。


「ウサギさんの体に花びら一杯ついてる。」
はらり、はらりと散っては宇佐美の体に落ちる花びらを美咲は愛しそうに一枚一枚払い退けた。

「優しいのな、美咲。」
「俺は何時だって優しいよ?」
当然でしょう?と有無を言わせない物言いに宇佐美も少し苦笑して頷いた。

「お仕事お疲れ様・・・・俺に構わないで寝ちゃっていいよ?」
連日の徹夜による仕事もようやく終わり、宇佐美は美咲と連れ立って近くの川辺へと散歩に来ていた。

平日で花見の時期にはもう遅すぎたせいか花見客などほとんど居ないのをいい事に宇佐美は美咲の膝枕を堪能中だ。

珍しい事にこの膝枕は宇佐美が強要したのではなく、美咲が自ら腰を下ろし、膝を揃えて『はい、ここにおいで。ウサギさん』と招いてくれたのだ。

「寝ると勿体無いな・・・美咲の膝枕だし・・・桜の花びらだって今見ててやらないともう散ってしまうし・・・・」
美咲の膝枕から見上げる桜は所々大きく隙間が開いていて新緑の葉っぱが顔を出し始めていた。

「・・・桜の花びらが散ってしまうのはどうしようもないけど・・・・俺の膝枕は無くならないから寝ちゃっても大丈夫だよ・・・」
また、何度でも膝枕してあげれるから・・・と最後の言葉は囁きのように小さな声で美咲は言った。


美咲は何も言わないけれど、宇佐美が疲れている事を感じ取っていた。
好きな小説だけを書いてはいけないのがプロであり、どんな仕事でもこなすのがプロとして当たり前の事だ。
読者受けばかりを狙った小説の仕事を終える時、宇佐美はひどく疲れている。

文章、活字に疎い美咲には宇佐美にアドバイスをする事なんて到底叶わぬ夢。

ならば、せめて、その疲れた体を労い休ませてあげたいと純粋に思う。

「寝ないの?」
「ああ・・・桜があんまり綺麗だから」

疲れているだろうから眠るように言っても宇佐美は相変わらず桜を見上げたまま・・・

「ウサギさん・・・・俺が死んだらね。」
「・・・ん?」

自分じゃなく、桜を見つめる宇佐美に美咲は小さな嫉妬を覚えた。

「俺が死んだら、桜の木の下に埋めてくれる?」
「・・・・美咲?」
穏やかな春の土手には到底似つかわしくない会話。

「・・・ね、知ってる?桜の木の下には死体が埋まってるんだって。血を吸ってるから花びらがピンク色なんだよ?」
まるで子供におとぎ話を聞かせる母親のような優しい口調で残酷な話をする美咲はどこか大人びて見えた。

「美咲の死体を埋めて桜の花びらを赤くして・・・それで俺に何の特がある?」
美咲に掻きあげられては梳いてもらえる前髪がさらさらと額に流れて心地いい。


「思い出すの。ウサギさんが犯した罪を・・・忘れようとしても毎年春が来る度に俺の死体を埋めた事を思い出して桜の木を探すんだ・・・・一番真っ赤に咲いた桜の木を、ね。」
「一番真っ赤なら探しやすくて助かるな」
美咲はふふっ、と小さく笑うと『ウサギさんのためだもん』と呟いて額にキスをする。

はらり、はらり、

風が吹く。

はらり・・・、と花びらが舞う。

一枚、また、一枚。

不意に強い風が吹けばザアアァッ…、と一斉に花びらが舞い落ちる。

『誇り高く咲いて、潔く散る』

視界一面がピンク色になりそうなほどに舞う花びらの先に二人は何を見るのだろう?


「ウサギさん、眠りなよ・・・」
「そうだな・・・少し、眠るよ。」

優しい穏やかな美咲に促されて宇佐美の目蓋は重くなり、目を開けていられなくなる。

でも・・・眠りに落ちるその前に。

「美咲・・・」
「なぁに?」

はらり、はらり・・・。
舞い落ちる花びらの音まで鮮明に聞こえるくらい此処は静寂に包まれて・・・


「俺が死ぬ時は・・・美咲の死体が埋まる桜の木の下で腹を裂いて死ぬよ。」

「うん。そうだね。」



そうしたら。

次の春には二人の血で真っ赤な桜の花を咲かそう・・・・





*******
『来年もまた花見に来よう』なんてありきたりな約束なんかじゃ許さない。
俺達はもっと確かな約束じゃないと駄目なんだ・・・・

 不確かな存在だから。





〜fin〜

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