Dear
□分かっているから
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大きな子どもほど
手がかかるものです
「ママーおやつおやつ!」
「春乃さん、もう少し待ってくださいね。あと少しでお掃除終わりますから。あ、何かお菓子残っていたでしょうか…」
「ならかいにいこう。デートじゃデート!」
かたかたとキーボードを弾いていた手の音が止まる。眉をぴくりと動かし、苛立ちをごまかすように利き手で眼鏡をあげた。相手は子どもだ、と自分に言い聞かせながら仕事を続けていた。
「ママ」
「千比絽さん、もう絵本読み終わったのですか?」
「うん、おもしろかったよ」
「それは良かったです。千比絽さん、あと少ししたら出かけましょう」
「うん!」
「雅治くんは、お留守番していてくださいね」
設計図をメモリーに保存すると、仁王は双子たちが部屋に戻ったのを見計らい、比呂に近づく。
「何で留守番って決めつけるんじゃ?」
「え、だって急ぎの仕事なのでしょう?君が家でするなんて珍しいですから」
「…」
掃除機をかけ終えエプロンを外す彼女に、ソファーに座る仁王の表情は読み取れない。
「なあ、千比絽と春乃のこと好き?」
「勿論ですが」
「なら俺は?」
「…どうしたのですか?今更ではないですか」
仁王の声のトーンの真面目さに、比呂は不思議がる。こんなにも深刻そうな彼の声を聞くのは久しぶりだ。
「なあ、言うて?」
「だから何故…」
恥ずかしさに返事を渋る。こちらを見なかった仁王が突然立ち上がる。
「もうええ…!」
「ちょ…雅治くん!」
無言で彼女の隣を通り過ぎた仁王は、そのまま玄関から出て行った。いきなりの出来事に比呂の体と思考は追いつかない。
「ママ、どうしたん?」
「ママ?」
「…ぁ」
数分間動けなかった比呂は、双子の声で思考をもとに戻す。戸惑う彼女に千比絽は首をかしげ、春乃は眉間に皺を寄せる。そのとき、玄関のインターフォンが鳴った。扉を開くと、小さな箱を持った赤毛の男が立っていた。
「よお比呂!」
「丸井くん…」
にかりと笑った彼に、春乃は「ブンちゃんだー!」と嬉しそうに声をあげた。