Main
□pray to god
2ページ/4ページ
大学が終わり、秀司さんといつものカフェデート。大学であったことを話したり、秀司さんの大学時代の話を聞いたり。それが終わると秀司さんの家に行き、セックスをする。
*
「ねぇ、ひろ。起きてるよね?俺さ、ずっと考えてたんだけど…同棲しない?」
行為が終わり二人でシーツに包まっているところだった。いきなり何を言うんだろう、この人は。
「…同棲?」
「うん。俺達、結構忙しい身じゃない。だから一緒に暮らしたらたくさんそばにいられるかなって」
「でも、どこで…俺、そんなにお金ないよ」
「俺の部屋で暮らすの。結構広いし、家賃なんていらないよ」
俺をぎゅっと抱きしめ、お願いだよと囁く。
「…いつからこの部屋で暮らせばいいの?」
俺の言葉に秀司さんは嬉しそうに笑った。
「今すぐ。明日から一緒に暮らしてほしい。なんなら今日から荷物運んだっていいよ」
「今日は疲れたから無理だけど、明日なら大学ないからいいよ」
「じゃあ決まりだ。明日仕事終わったら荷物運ぶの手伝うよ」
俺を後ろから抱きしめ、首筋に顔を埋める。俺はとことんこの人には勝てないんだな、と改めて思った。
最初から秀司さんを信用していた訳ではない。最初はほとんど年上の友達のようなものだった。きっと一時の気の迷いなんだと思っていた。
けれど、向けてくる視線はひどく真剣なもので好きだと囁かれ軽くあしらうと傷ついた顔をしていた。こんな顔も良くて高学歴の人がどうしてこんなしがない美大生を構うんだろう、と思った時もあった。
毎日を繰り返すうちにあぁ、この人は本気で俺を想ってくれているんだ、と感じ思った。
ある日、秀司さんの仕事が忙しく連絡がないときがあった。その時、ひどく不安になり夜ずっと彼のことを想った。そして気づいた。彼が気になり好きなのだ、と。
その日から秀司さんと真剣に付き合うようになった。
荷物を秀司さんの家にすべて運び終え、一息つく。あれからあっという間だった。次の日、秀司さんが家にやって来て一緒に荷物をまとめてさっさと自分の家に運んだ。
俺が呆気にとられているうちに秀司さんは俺の少ない荷物をまとめ運んで行ってしまった。
全て終わり、二人で紅茶を飲みティータイム。
「今日からひろは俺の部屋で暮らすんだね。俺の部屋から大学に行って俺の部屋に帰ってくる」
紅茶を飲みながら秀司さんはにこにこしながら言う。
「いいなぁ、朝起きたらひろが隣にいる。そして朝ごはんを二人で食べる」
「…俺も一緒に暮らせて嬉しいよ。今までは、俺達忙しくて会えなかったし」
紅茶をカップに継ぎ足し、秀司さんに笑いかける。
「ひろと一緒にいれるなら俺は頑張るよ。それに、セックスもし放題だしね」
そう言って俺を引き寄せキスをする。耳元でしたい、と囁かれる。
「や、ちょ、シャワー浴びたい、汗かいたからやだ」
胸を押し返してもかたく抱きしめられていて逃げ出せない。
「そんなのは俺も同じだよ、じゃあお風呂でする?」
「や、明るいところはいや、お風呂場ならここがいい」
「ではここでやらせていただきます」
それから俺はたくさん啼かされた。いつになく秀司さんは俺を激しく抱いた。もう無理と言ってもまだ大丈夫と嬉しそうに言われ、啼かされた。
秀司さんと出会ってからいつの間にか3年が経っていた。その間も秀司さんは俺をたくさん愛してくれた。俺も不器用だけど秀司さんをたくさん愛した。
たくさんいろんな所へ旅行したり、海外へも行った。数え切れないくらいの大切な思い出が出来た。
そんな秀司さんが病気になった。
ある日、話したいことがあるんだ、と言われ告げられた。
告げられた瞬間俺は固まってしまった。頭の中がぐるぐるした。
どうして?どうして秀司さんが病気にならなければいけないの?
「最近、ひろにも調子悪いって言ってたよね?」
忘れるわけない。その度に俺は病院に行ってと言ったのだから。
「おととい行ったら、医師に告げられた。入院しろとも言われた。でも、断ったんだ」
「どうして?!入院して早く良くならないと!」
俺は医学のことはよくわからない。秀司さんの仕事の薬学のことも詳しくなんかない。
「ひろといたいから。なんとか医者を説得したんだよ。すごく反対された」
俺は本当に呆れて口が開いたままだった。
「あんな真っ白くて何もない四角い部屋にいるより、ひろと1分1秒でも一緒にいることを選んだんだ。言ったでしょ?ひろは俺の運命の人だって」
「…馬鹿じゃないの?どうして自分の命のことより俺を選ぶの?秀司さんは馬鹿だよ、頭のいい馬鹿だよ」
言っているうちに身体が震えてきた。悲しみと怒りで。
「そうだよ、俺は馬鹿だよ。だって、死ぬ時は好きな人に看取って貰いたい。苦しい時は好きな人に手を繋いで貰いたい」
駄目かな?そう言って俺を抱きしめる。
「でも、医者に1週間に1回は病院に来いって言われた」
そう言って薄く笑った。秀司さんの言葉を聞き俺は泣いた。秀司さんの胸で年甲斐もなくわんわん泣いた。彼はよしよしと頭をずっと撫でていてくれた。
それから少しずつだけど、秀司さんの顔色は日に日に悪くなっていった。きっとずっと我慢していたのだろう。
一緒に病院へ行き、医師にこっそり告げられた。秀司さんの命は長くないこと、けれど本人はこのことを知っている、と。
秀司さんは医師に体中機械だらけで死にたくない、最期くらい自由に死にたい、と訴えたらしい。
「調子はどう?」
「昨日よりはいいよ」
確かに昨日よりは顔色は良さそうだ。昨日は顔色は悪く苦しそうだった。
「…ねえ、どうしてこんなになるまで放っといたの?」
そう聞くと秀司さんは困ったような顔をした。
「あの時は…仕事がすごく上手くいっていて忙しくて自分に構う暇なかったんだ」
無理をしていたんだと思う。でも忙しさでそれを我慢して、今に至ってしまった。
「でも大丈夫だよ。俺はちゃんと歩けるし話せるから。」
大丈夫なわけがない。陰で苦しそうなことを知っている。
「もう、強がらなくていいから。せめて俺の前では素直になって。苦しいときはちゃんと言って」
俺の言葉に秀司さんはちょっと驚き、それから笑った。薄く綺麗な笑みだった。
「ひろがそう言うならもう強がらない。痛いときはちゃんと痛いって言うし、ひろとセックスしたいときもちゃんと言うよ」
そう言い俺の腰に手を回す。その手を跳ね退け、秀司さんに言う。
「駄目。今はとにかく安静にして。それに病人なんだからちょっとは性欲捨てて」
「ひろが言うならそうする。でも俺だって男なんだから、ひろだってわかるだろ?」
「急に親父にならないでよ。…俺もしたいときはちゃんと言うから」
僅かに赤くなりながら秀司さんに言う。やっぱり素面は恥ずかしい。
「ありがと、ひろ。でも、病人から性欲奪ったら楽しみが消えちゃうよ」
そう言う秀司さんの甘えた優しい顔を見る。何度この甘えた顔に騙されたことか。
「わかった、わかったから。とにかく何でもいいから今は寝て体力つけて」
無理矢理布団をかぶせ寝かしつける。
まだ何か言っていたけれどすぐに寝息が聞こえ始めた。やっぱり無理をしていたのだろう。
正直気持ちと体が追いつかなかった。俺はこれからも秀司さんと一緒にいるつもりだったからこんなことになるなんておもいもしなかった。
キャンパスを取り出す。よく眠っている秀司さんの寝顔を描く。実はたびたび、こっそりと秀司さんを描いていたのだ。何気ない朝の日常や夜のちょっと雰囲気が変わった秀司さん。俺の好きな仕種や表情。
それから秀司さんの病状はどんどん悪くなっていった。起き上がるのも少し辛いみたいだ。それでも病院に行こうとはしなかった。
「ねえ、ひろ」
「うん」
「俺さ、神様になりたいんだ。ひろの神様に。」
「え?神様?」
神様?神様って簡単になれるものなのか?秀司さんは何を言っているんだろう。
「そう、神様。ずっと前から思ってたんだよね」
「神様ってそんなに簡単になれるものなの?」
そう聞くと、秀司さんは待ってましたとばかりに話す。
「簡単だよ、神様って人に想ってもらえばいいんだよ。キリスト教のイエス様もユダヤ教のヤハウェ様もイスラム教のアッラー様、どの神様も人に信じて想われているから神様なんだよ。だから、俺はひろにこれからも想って貰いたいんだ」
秀司さんの真剣な瞳が俺を見つめる。ぎゅっと手を握られる。俺は何も言えなかった。
「俺が神様になったら、裕也の心臓になる。そして血液を裕也の全身に巡らせる、裕也が生きていくために必要なものを心臓の俺が送る。裕也は神様になった、心臓になった俺をただ想い、信じ続けてくれればいい」
秀司さんの長い指が俺の胸を指し、す、と体をなぞる。
「裕也が思い描いていた神様とちょっと違うかもしれないけれど、今俺が出来るのはこれくらいしかないんだ」
もう、時間がないんだ。秀司さんが呟く。
「そんなの…神様じゃないよ、秀司さん、嫌だ神様になんかならないで、そばにいて、いなくならないで」