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□Sleeping Beauty
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この世界には眠り姫がいる。

正確には、眠り姫と呼ばれる一族がいる。

昔、母親から聞いた。この世界の何処かに眠り姫がいて王子様のキスを待っている、と。

聞いた当初は、さほど興味がなかった。

でも、可愛い子がいいなーなんて軽く考えていた。









行きつけのバー。
雰囲気が好きだしマスターも友達で毎日通って酒を飲んでいる。
薄暗い店内。静かな音楽が流れている。忙しい日常、この場所だけは時が止まっているみたいだ。

このバーで俺は彼に出会った。



「ねえ、マスター。あの人誰?あの、綺麗な黒髪の彼」

「ああ、最近よく顔を見ますよ。一度だけ話したことがあります。彼は月野さんですよ」

月野?変わった名字だな。
俺は、カウンターの一番端の席に座っている男を見る。綺麗な黒髪、整った横顔。淡いブルーの酒を飲んでいた。

このバーは顔見知りばかりだったから知らない人がいてどんな人物か気になった。

「どんな人?」

「そうですねー、落ち着いていて寡黙だけど優しい人ですよ」

「へえー。俺、お近づきになりたいな」

「話しかけてみたらどうです?彼、優しいからきっと大丈夫ですよ」

「俺より年上?下?」

「下ですよ、彼若いんですよ」

マスターの言葉で俺は彼、月野さんに話しかけることにした。
綺麗な黒髪、どことなく影を背負ってる雰囲気、はかなげな面立ち。彼を見た時から実は結構気になっていた。

別に俺はゲイじゃない。
ただ、何となく気になったのだ。


「ねえ、隣、いいかな?」
俺の言葉に彼は驚き、俺をじっと見る。俺は優しく笑い、良い男を見せる。それから彼は口を開いた。
「どうぞ、俺の隣でよければ…」

「ありがとう、いきなりごめんね」

カウンター、俺は彼の隣に座る。

「最近、この店に来てるよね。結構いいでしょ、この店?」

「えぇ、雰囲気が好きで気づいたら結構来てるようになってて」

「俺も、この店は雰囲気が好きでよく来てる。月野さん、だよね?マスターから聞いたんだ。よかったらこれから一緒に飲まない?俺は綾瀬っていうんだけど」

いきなりこんなこと言って変人がられなければいいんだけど…。まあ、変人扱いはなれている。

「…」

やっぱり駄目か。ま、そりゃそうか。俺は恋愛特攻隊体質だしな。仕方ない、マスターに慰めてもらおう。
「俺なんかでよければ…。俺、知り合いとかあんまりいなくて、綾瀬さんがよければご一緒に」

マジか。
願ったり叶ったり。今日の俺はついている。







それから俺達は一緒に過ごすようになった。まるで昔からの旧友のように。
彼は、控え目だけど芯が強くてしっかりしている。笑ったときの笑顔が俺はとても好きだ。

驚いたことに彼はまだ19歳になったばかりだった。未成年なのに酒飲んでたのかと聞いたら、笑って、だってマスターも綾瀬も気づかなかったからおあいこです、と言った。
そしてまた、二人で笑って酒を飲んだ。







彼と出会ってもうすぐ1年が経つ。月野が20歳の誕生日目前のときだった。

俺のマンションでいつものように二人で過ごしていた。談笑したり酒を飲んだり。

「ねえ、綾瀬」

「何?」

「寝ない、俺と?」

「え…?」

潤んだ目で俺の服を掴み、体を寄せてくる。酒はまだ飲んでいないはずだ。

「寝ない?俺、酔ってないし正気だよ。綾瀬と寝たい」

「何で…?」

「お願い、好きな女の子と思って抱いてほしい。嘘じゃない、中途半端な気持ちなんかじゃない」

こんな必死になってる月野は初めて見た。いつも冷静だったのに。
どうしたらいいかわからず、彼の背中に手を回す。

「どうしたんだよ、急に…」

落ち着かせようと優しく頭を撫でる。小さく震えている彼は猫のようだった。

「…俺、綾瀬がずっと好きだった。あのバーに来てたのも綾瀬に一目惚れしたから」

ぽつりぽつりと月野は小さく話し始める。

「でも、男なんて初めて好きになったし、どうしたらいいかわからなかった。未成年だったけど黙ってあのバーに通い続けてた。それから綾瀬がいきなり話しかけてくれて、俺は嬉しかった。もしかしたら綾瀬も同じ気持なのかもしれないって思って。でも、いつまでたっても綾瀬は何もしないしそんな片鱗すら見せないし。綾瀬は本当に友達として話しかけてくれたんだって思った」

長い告白。
確かに時折、月野は熱っぽい視線で見てきたけれどあまり気にしていなかった。まさか、こんなことで彼を苦しめていたなんて。

「月野…。ごめん、気づかなくて。鈍かった俺が悪かった…」

「ううん、綾瀬は悪くない。ずっと黙ってた俺が悪かった。それに下心のある気持ちで見ててごめん…」
彼は今にも泣き出しそうだった。顔を赤くし、震えている。彼の告白を聞いて、不思議と気持ち悪いなんて感じなかった。むしろなぜか満たされた。

「…俺さ、もうすぐ死ぬんだ」

「え?」

「眠り姫の一族って知ってる?」

「昔…母親から聞いたことがある」

眠り姫の一族。
昔母親から聞いたのを思い出した。ずっと忘れていた。現実味がなかったからあまり信じていなかった。

「俺さ…その一族なんだ。もうすぐ20歳になる。その日に死ぬんだ」

「…どういう意味だよ、月野、嘘だろ。死ぬなんて…」

それに俺が聞いた眠り姫の話と少し違う。

「この一族は男は20歳、女は22歳で死ぬ。誕生日に死ぬんだ。」

「なんで…それに20歳って明日…」

信じたくない、信じたくない。そんな現実味のない話信じたくない。

「眠れない一族って知ってる?外国のある一族のことなんだけど…。誰にあたるかわからない、いきなり眠れなくなって最期は狂っていく病気。俺の一族はその逆バージョンかな」

そう言うと諦めたように月野は笑った。すべてを悟り、何もかも受け入れたように。

「そんなの、わからないよ、今こうして元気だし。月野、嘘だろ。だって本当に明日死ぬのか?」

「…俺は小さい頃からよく寝る子だった。両親は不安がった、一族の話によると小さい頃からよく寝る子が20、22歳にみんな死んだからね」

そう言うとぎゅっと俺に抱き着いた。胸に顔を埋め甘えるように擦り寄る。

俺も震える手で月野を抱きしめた。細くて華奢で折れそうな体だった。

「だから、死ぬ前に好きな人に抱かれたかった。でも…ごめんね、気持ち悪いよね」

「気持ち悪くなんかない…。俺は、」

気づいたら泣いていた。
月野の気持ちに気づいてやれなかったこと、現実味のない話だけど受け入れなくてはいけないこと、もう時間がないこと。
頭がよく回らない。
月野は俺の胸の中で静かに泣いていた。

もう、時間がない。






暗い部屋、ベッドの中。
俺は月野を愛撫していた。

「もう、いいからっ、来て、」

優しく愛撫していたところ、月野が切羽詰まった声で言う。早く、あなたを感じたい、耳元で囁かれ俺は勃ち上がった自身を蕾に押し当てる。

「挿れるよ、」

「んっ…」

ゆっくり、ゆっくりと進んでいく。柔らかな肉を開いていく。傷つかないように、痛い想いをしないように。

「全部はいったよ、痛い?」
「ううん、痛くない…」

動かずに、月野の身体の中を堪能する。暖かくて柔らかい、緩やかな蠕動。それすらも愛おしく感じる。

「なあ、電気つけていい?」

「や、やだよっ、恥ずかし、」

全てを言い終える前に電気をつける。

明かりに照らされた月野の身体は想像以上に美しかった。

「顔、見せてくれ。月野の感じてる顔、見たいから」

嫌々と首を振り、両腕で顔を隠している腕をそっと外す。

「綺麗だ」

「綺麗なんかじゃない、男なのに同じ男好きになって、挙げ句の果てに抱いてもらって…」

月野は泣いていた。
俺はそんなこと気にしてないのに、月野だからしてるのに。他の男だったらこんなこと絶対しないのに。

「も、いいの、早く動いてっ」

「月野、俺はお前だからしてるんだ。嫌々してるわけじゃない、」

そう言って優しく目尻にキスをする。
嘘、と泣きながら俺にしがみつく。

「動いていい…?」

こくりと月野が頷く。

最初は優しく、段々と激しく。
月野は俺の下で喘ぎ、泣いていた。

今思えば、俺も心の中で認めたくなかっただけで、月野を抱きたかったのかもしれない。
初めて男を抱くのに嫌悪感が全くなかった。

俺も月野に嫌われたくなかったから、この心地好い関係を崩したくなかったから、この気持ちを言わなかっただけだったのかもしれない。



月野の20歳の誕生日まで、あと30分。



「好き、綾瀬っ、」

「俺も、お前のこと、…ごめんな」

ずっと一緒にいられると思ってた。
この心地好い関係が続くと思ってた。
それぞれの時間が終わったら、二人でまた会って酒を飲んで笑って過ごせると思ってた。


幼い頃に聞いた話。
自分に関係があるなんて。信じたくない、信じたくなかった。


そっと手が伸びてきて、俺の顔を撫でる。
いつの間にか泣いていた俺の涙を拭う。

「俺が死んだらさ、すぐに忘れて。忘れて好きな女の子と幸せになって…」

なんてことを言うんだろう。俺は今こんなに月野を思っているのに。

「忘れない、忘れたくないんだ。月野、俺はお前のこと、」

「言わないで」

全てを言い終える前にキスをされた。


きっとこの言葉を二度と言うことはないのだろう。



月野の20歳の誕生日まで、あと…





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