拍手小話集
□朝焼け
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「散歩行かない?」
「え?…いい、けど」
こんな早朝から?
いつもならこの時間寝ぼけてるくせに。
そう突っ込んでやろうと顔を向けたもののシンの顔を見たら、なんか言えなかった。
「なに?」
「…別に」
なんか考えてるような、そんな表情。
私も朝のランニングだったりサーブ練だったり、考え事をしながらやってる。
体を動かせば何かヒントみたいなものが浮かんでくるんじゃないかって。こんな行動はきっと誰でも共通なんだ。
近くにある小さな川の土手を歩く。
「さすがに静かだね」
「新聞配達くらいしかいなかったし」
「そうだった。ハハハ」
うっすらと暗い道に見かけるのは新聞配達のバイク。
たぶん朝帰りと思わせる女性だったり。
夜勤明けと見られる疲れた男性だったり。
この時間帯の風景に慣れてないシンは目をきょろきょろとしている。
「なんか…違う世界みたい」
「あんまりきょろきょろしてると怪しいと思われるよ?」
「いいよ」
「やに嬉しそう」
「時間が違うと世界が違うんだなって。うん、早朝も悪くないね」
このセリフでやっぱりなんか考えてたなと確信した。
「あ、陽出てきそう」
空を見上げると雲が紅く染まる。
景色を良く見ようと土手を上がった。
ゆっくりとゆっくりと雲の間から光が空、建物、そしてやがて私たちに当てられていった。
「まぶしー」
「ん。でもいい感じ」
「今日良い事あるかな?」
「さー、どうだか」
と言った所で返事がない。額に手をあてて太陽を見る振りをしながら隣を覗くと、同じような格好で目を細めて太陽を見ていた。
しばらくして小さく
「……よっし」
と聞こえた。“何か”がシンの気持ちをすっきりさせたみたいだ。
その“何か”はこの陽が昇る景色なのかシン自身の心なのか分からないけど。でも、悩んでたシンがあえて私を誘ってくれた事に嬉しくなった。
「気分は?」
尋ねると
「ハッピー!みたいな」
朝焼けの空をバックにくるりと振り返って、すっきりしたというような笑顔でピースサイン。
あ、ずるい。似合いすぎ。…バカシン。
タタっと走り寄って私の手を握ると
「帰ろっか?テンさん」
この笑顔がきっと最大の恋になると
“何か”が私にそう囁いた。