君へ捧げる(作品)

□場所になろう
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小さくなる背中を、夕日に照らされた横顔を、見た。仲間の死や別れや、そんな哀しみばかりを一人で背負った姿は、それでも気高く美しくて。


「千鶴、お前はここに残れ」

彼が切り出した言葉は予想内のこととはいえ、胸にずきりと痛みを与えた。
この人は我慢が得意だ。平気なふりをすることが人を傷つけないと思っている。けれど、私はそんな彼を見ることこそが辛くて辛くてしかたがなかった。
泣き言だって八つ当たりだってなんだっていい。一人でいてほしくないのはいつだって同じだ。
だけど、今なにかを彼に問えば、涙が溢れてしまう気がした。


「お前はお前が幸せになれる道を見つけろ」

そして、生きろと言う。すぐにわかった。彼は、自分が生きることを諦めている。私が擲った全てをここに置き去りにすると、そういう。


「私は、ずっと土方さんの傍に」
「お前には生きていてほしいんだ」

それは、私の気持ちだ。私の幸せなど貴方の隣にしか根付かないというのに。貴方に一番生きていてほしいのに。嗚呼、私がもっと強ければ、泣かなければ、彼は私の隣で泣いてくれたか。


「土方さんどうして、」
「お前には感謝している。今まで……ついてきてくれたことを」

どうしてここで終止符を打とうとするの。まだ、進む道はあるはずでしょう……?
空は、濁った茜色。欠片さえも嵐に飲まれて、今にも消えてしまいそうなのに、貴方は。


「元気、で」
「土方さん……っ!」

雲が流れる。もうすぐ太陽が消える。私が楔にならなければ、この人はきっと消えてしまうだろう。誰も……誰も彼を泣かせない。時は過ぎ行くだけだから。
ぼろぼろの世界、貴方、そして私。やっと未来に繋げる道を見つけたと思ったのに。


「傍に置いてくださるだけでいいんです、最後の一人になっても」
「駄目だ、ここに残れ」
「お願いです!」

伸ばした手すら振り払われ、吹き荒れる雪の向こうに消えてゆく背中。傷だらけで、それでも一人でゆく背中。
彼は、けれど静かに泣いているように見えた。


「お前を……死なせたくない」

風に紛れてかき消えそうなほど小さな声と涙。気のせいかもしれない、けれど頬に残る温もりは本物だった。


「土方……さん」

この時代は、大切な人を護りたいと願うことすら許してくれないのだろうか。少しでも安らぎになりたいと思うことも罪なのか。残されたのは私の思いだけで、信じる絆も今はか細い。
けれど、まだ微かに繋がっていると、信じてもいいでしょう? 戻れると、信じていいでしょう……?


「――千鶴」



貴方が泣ける、場所になろう

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