刀剣乱舞

□『俺の嫁さんE〜これは馴れ合いに含まれません。』
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《 ――――… 『アイツ』 と同じものは 求めない。 》



《 ……『俺』は、 アンタと ******** …―――― 》





………それは『いつか』の、薄紅色がふわりふわりと舞う縁側で。

髪を優しく撫ぜる手にゆるやかに目覚めて見上げた先にいた『彼』は。
さらさらと青みを帯びた黒髪をたおやかに風に揺らしながら、俺から少しずれた先を見ていた眼を俺の視線に気づいて合わせると。…ちいさく苦笑して見せた。

―――背中に、目覚める前にはいなかった『彼』同様、無かったはずの別の体温を思い出すように自覚して、背中越しの寝息と鼓動に俺も『彼』と同じ笑みを知らず浮かべる。





「 ……しょうがないなぁ…、…もう。 」





俺の背に背をつけてまどろむ『龍』を見下ろしながら、俺と同じ笑みを浮かべる『彼』の聲(こえ)は俺ともう一人を撫でる手と同じにやさしくて。

―――まるで舞い降りる《さくら》の花びらのようだと思った。





******





「………えー…と。…ほんと、嫌になったら言えよ?」

「…ああ。」

「ほんとだぞ?我慢してもいいこと無いんだからな?『こんな硬い&ムサいヤロー相手にもうこれ以上勘弁!』ってなったら遠慮しないで「 おい。 」はい。」



黒のショートグローブを嵌(は)めた手が片方伸びて、俺の胸倉を掴んで引く。





「 ―――さっさとしろ。 」

「はい。」





引き寄せられた先で対の金茶色に射竦(いすく)められたまま低い声で言われ、瞬時に頷く。
…見た目に相応しい凄みに今後の『親子』としての在り方やら『教育方針』やらに一抹の不安を抱いたが、そもそも『刀剣男士』との『親子関係』なんてどう築いていくもんなの?というか出来るもんなの??
そもそも何をどう『教育』するつもりだ、俺。というか必要なのかそれ。…などなど。
益もない思考をぐるぐると脳内で循環させながら、わかりやすく現実逃避している俺の『現状』はといえば。



「…じゃあ、」

「…ん。」





――――解。俺の年齢的にデカすぎる『息子』と『親子の触れあい(=ハグ)』の真っ最中。…である。





俺が鍛刀し、顕現させた『みっちゃん』―――『燭台切光忠』と、『俺とみっちゃんの子ども』として降りてきたと言う『くぅ』こと―――『大倶利伽羅』の二振りに霊力の循環不良という不具合が見つかり、それの対応策として提示されたのが『ハグ(これ)』だった。
実際、くぅより軽度とはいえ、同じ症状(?)が顕現直後にあったみっちゃんは、俺とその……うにゃむにゃあった後にはその『不調』がすっかり無くなっていたという。
程度が程度だったのと、初めての顕現で勝手もわからないみっちゃんは『こんなものなのかな。』と、それが『不調』だということ事態把握しきれていなかったようだ。
その後合流したこんのすけも、さりげに状態チェックをみっちゃんにかけていたらしいが、既に『状態異常(問題)』は『解消済み』だったから当然チェックには引っ掛からず、誰も『異常』に気づくことのないまま終わってしまった。










『―――審神者様の変態ぶりも、役に立つことがありましたね。』

『おい。』

『『解決策』が見つかってよかったではないですか。』



確かにそれはそうなんだけども……ちらりと窺(うかが)った先のくぅと目が合った。
対処可能とわかってかなり安堵したものの、いざそれを実行に移すかどうかの段階になって――――俺みたいなヤローとのそんなべたべたなスキンシップを、クールなくぅが果たして受け入れてくれるだろうかと、俺は心配していた。
……嫌がられるんじゃないか?普通に考えて。
みっちゃんみたいないい匂いがしそうな美人(イケメン)相手ならともかく………いや待て。
これは『俺の』思考だな。しかもみっちゃんなら許容できるとか何気に限定つけてるし。
『男』の時点で普通はお断りだよなぁ。いや、『神様』的には性別の違いは考慮に含まれるのか?そこんとこどうなんだろう。



『俺は構わない。』



ぐるぐる思考の海に埋没しかけた俺の危惧に反して、くぅの反応はあっさりとしていた。
ためらいもなく普通に受け入れられたし……いやまあ大事なことだから受け入れて貰えた方がいいに決まってはいるんだけども!





『…本当にいいのか?』

『必要なんだろう。』

『いやまあそうなんだけどさ……相手が俺なんかだぞ?ただのムサいだけの三十路(みそじ)過ぎのショボい顔のフツメ、『 ―――悪いな。よく聞こえなかった。 …それで? 』


『 な に か 言 っ た か …… ? 』



『イイエナニモ。』





吐息を混ぜたようなウィスパーボイスを、腰にズンとクるまで意識して低めた『それ』は実にけしからんアダルティなお声で大変エロティカルでございましたどうも有難うございました。
細めた金眼とエロスな声で責められて瞬時に『形勢不利』を悟りました。あれはアカン。

『息子』に威圧され唯々諾々と白旗を掲げる俺……『父』以前に『主』としての威厳なんてあるわけない。それどこで購入可能です?言い値で買おう。
ていうか忘れてたわ。『大倶利伽羅』も『産地:伊達男の杜』でしたわ。
イケてる『顔面』と『スタイル』と『いい声』に『エロス』は標準装備でしたかそうですか。
勝てる気がしない。



『くぅちゃん、主くんを怖がらせたら駄目だよ。』

『…ふん。』

『でも、』



くぅに軽く注意した後に、みっちゃんも立てた人差し指をちょん、と俺の唇に押し付けながら。





『 ……僕も、さっきの主くんの言い方は好きじゃないな。 』





だいすきな人に、『なんか』なんて言葉、使ってほしくないよ?

……こちらもやさしいのにぞわぞわと落ち着かなくさせる低めた甘〜い声でやんわりと責められ、俺のHP(ヒットポイント)はめでたくマイナス切りました。
…やさしくころされた。勝てない。どうしようこの『伊達男』たち勝てない。
先行き不安である。



『ゴメンナサイ。―――あー……じゃあ、ほんとに嫌じゃあないんだな?』

『くどい。』

『くどっ……かもしんないけどさぁ、お前俺に気ぃ遣って我慢とかほんとしてないか?もっと不満とか口にしたっていいんだぞ?しなくていい苦労させられてんだから。』

『しつこい。嫌じゃないと言ってる。…思う訳、無いだろう。』



最後の方、段々と何かを押し殺すように声が低くなっていったけど、ちゃんと聞こえた。
……それから気づいた。上手く動かせない両脚のせいで転倒した最初のときみたく、耳が紅かった。
『きっと主くんの前でカッコいいところ見せたかったんだよ。』…なんて、みっちゃんが後からこっそりと話してくれたあれは、もしかしたらほんとにそうだったのかな。
基本穏やかな性格で、根は素直な『いい子』なんだとは、『研究室』勤めの時からみっちゃんに聴いていた。
そのうえ気遣いも出来る『やさしい子』で、『恥ずかしがり屋』で、『照れ屋』でもあるみたいだ。…耳の紅さとセットのあの顰(しか)め面、不機嫌にさせてるのか嫌われてるのか判断に迷ってたけど、照れやら羞恥やらに耐えてるときにあの顔になるのか。



『……アンタこそ、嫌じゃないのか?』

『俺?』



真っ直ぐに見つめてくる飴みたいな、やわらかに瞬く金色が、…ほんのわずかに、滲んで揺れるのを視てしまった。





『 嫌じゃないよ。…お前は俺とみっちゃんの『息子』だしな。 』










(―――早まったかなぁ……。)

腕の中に素直に収まる相手をちらりと見下ろして思う。
……人間的に未成熟なところ自覚してるくせに、よりにもよって『神様』の父親気取りだなんて、大それたこと自ら宣言してしまった。

しかもこう……なんというか、自分の単純さというか優柔不断さに呆れるというか。
予想よりも軽くこの状況を許容できてしまっている自分に軽く衝撃を受けている。…もうなりきってしまっているのか自分。順応性高すぎだろ。
自分とそう身長差の無い、あきらかに硬い男の身体(それ)を抱きかかえているというのに、妙にそう……しっくりときてしまっているこの感覚。
みっちゃんと触れ合っている時とはまた違うけれど、ごく近い位置にべつの身体からの温度を受けとめて、その身体越しに届く鼓動や息遣いを聴いている。それが予想外に違和感や抵抗を感じない。
…それに。

(……猫っ毛…、)

ふわふわと手触りの良さそうなそれが首もとに触れて少しくすぐったく、少しよけるつもりでくぅがいる側とは逆に首を傾けたら、それまで身動(みじろ)ぎもせずされるがままだった腕の中の身体がピクンと振れた。
軽く引かれる感覚がして見下ろしたら、……離れようとしてるとでも思ったからなのか、龍の尾(蛇とか爬虫類じゃなくて龍だった。)が泳ぐ左腕の先。
黒手袋を嵌めた指先が、服の端を握っていた。



(…なん……だかなぁ…っ。)



…非常にむずむずする。
握っているというかつまんでいるといった指先の力は、そう強くない。二本の指で挟まれただけのそれは、ひどくあっさりとほどけてしまいそうなのになんだろう。
容易にほどかせてくれないような拘束力を感じる。

…だってきっとあっさりとほどけてしまうんだろう。
少し身を引くだけで、本当につかんでいたのかと思うぐらい簡単に、この指先はきっとほどけてしまう。
そう思うとなんだか、…離してやりたくないなぁと、思ってしまう。意地?にでもなってるんだろうか。何にだ。

抱き寄せたその時のままの腕を片方緩めて、黒の学ランの背中をなんとはなしにポンポンしてやってたら、肩口に頭を凭れかけさせてたくぅが首を動かし、顔の右半分があらわになる。
ちら、と横目に見てきた目と目が逢って、「ん?」と問う意味も含めて笑いかけてみたら、軽く見開かれた瞳がぱちぱちと二度瞬かれて、またぷぃと肩口に顔を埋(うず)められた。…耳が紅い。
今のは『照れ』からか『羞恥』からか、どっちだろう。今更になって男(ヤロー)同士のハグなんてものに恥ずかしい思いとかしてないか?

無意識にまじまじと染まった耳を見てたら、耳にかかる猫っ毛にもまた目が留まって、背中を撫でていた手で触れる。
指先を埋めるように通してみたら、やっぱりサラサラのふわふわでやわらかくて、すごく手触りが良かった。
おお〜。とか妙に感動しながら撫ぜ続けてたら、肩口に当たる額がすりすりとすり寄せられて、ひらりひらりと、花弁が舞いだす。
…ちゃんと知らなかったけど、『刀剣男士』の『喜び』や『高揚』が花びらの形になったものだそうだ。ただの『神様(イケメン)』仕様じゃなかったんだな。



「勝手に触ってごめんな。」



言いながら手を離そうとしたら、また飴色の金眼が見上げていた。
男らしく引き結ばれた薄い唇が開きかけて。それから閉じる。
その間も俺とくぅの眼は合ったままだ。



「…………。」



…なんだか困ってるみたいに見えるのは気のせいか?
欲しいものを欲しいと言えない子供みたいな眼だと、なんとなしに思った。



「……よしよし。」



ふわふわの猫っ毛に指先を通す。…くしゃりくしゃりと撫ぜ回す。



「…ン。」



引き結ばれていた唇が緩む。
垂れ気味の眉の下の金眼が、まるでやわい熱にゆるりゆるりと溶け出すように蕩(とろ)けていく。…正式に『契約』を結んだあの時に見せた、春を呼びこんだような微笑みのときみたいに。満足げに。
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