刀剣乱舞

□『俺の嫁さんD〜家族が増えました。』
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――――……『きっと帰る』と、その聲(こえ)は言っていた。

『絶対に、ひとりぼっちなままにしないから』と。



さびしくさせてごめん、と。機械越しの声は言った。

あれだけやかましくしていた『アイツ』が、あれだけ必死になって行使していた『意思』を示す手段を放棄して、黙したままでいた数日間。
賑やかさと一緒に温度も失われたこの空間が、少し耳障りな雑音交じりの『男』の聲(こえ)ひとつで、息を吹き返した瞬間だった。





≪ …アイ タイ。 ≫

≪ ……モウ、待ッテルダケ ナンテ、我慢シナイ。 ≫

≪ シタクナイ。 ≫



≪ ――――逢いに、行かなきゃ。…『僕』が。 ≫





……あの『聲』の主は、『アイツ』の寂しさを知っていた。
そうして、『アイツ』の欲を、知らぬままに肯定した。―――『アイツ』は己の『欲』を受け入れた。

もう、『アイツ』は『アイツ』の意志で、己が望んだものを手にする為に、迷わず行動するのだろう。





………『俺』は、

この『俺』が感じている   を、…『あの男』にどうしてほしいのだろう。





******





「……大倶利伽羅だ。別に語ること…は………、」





この『本丸』二振り目となる『神様』は、みっちゃんの例から予測はしていたが、やはり人外めいて『イケメン』だった。…いや、『神様』だから人ならぬものには違い無いんだけど。



ぱっと見おしゃれコーデな『不良』……実はお金持ちの息子?、みたいな裏設定を見た瞬間妄想してしまった。
赤く染められた毛先、濃い蜜色みたいに焼けた肌に刺青(なんか鱗(うろこ)あって爬虫類(はちゅうるい)っぽい。かっこいいな。)、学ラン。
尖(とが)った印象持たれそうな装備(アイテム)持ちだけど、なんというか立ち姿やらから全体に纏(まと)う品の良さに、鞘(さや)にも入ってない諸刃(もろは)の刃物みたいな、荒々しさとか無鉄砲さとかとは無縁な印象だ。

無駄にギラギラしてないというか………端正な顔と伶俐な切れ長の目からは思慮深さもうかがえる。
とりあえずはさすが『神様』。比類無く美形(イケメン)である。(俺の『至上』はみっちゃんだけど。)
フツメンには眩しくて直視しづらい。





「…………。」





―――ところでそのフツメンの目に優しくないイケメンの『神様』の視線がめっちゃ刺さるんですが、俺何かしたかな?
背後のみっちゃんが気になってそっち向こうとしたら、スゴい眼力で見られて思わず少し前から蛇に睨まれた蛙(カエル)状態なんですが。
だれかたすけて。

時間にしては数分にも満たなかったんだろう。
吸い込まれそうな金色の瞳から目が離せないまま、(…あ。そういえばみっちゃんと同じ色だ。)とかぼんやり考えてたら。
学ランのイケメンが動いた。ぐいと前に出てくる。

同時に背後から俺の腰回りに長い腕が巻き付いた。
躊躇無く引き寄せられる………と、珍しい強引さに目を白黒させていたら。










目の前から急にイケメンが消えた。










―――ビタンッ!!「っゔぉ!?」





音のした方に顔を向けると、件(くだん)のイケメンが床と「コンニチハ」していた。…いやいやいやなんで!?!!



「ちょっ、だいじょ……ッ、」



駆け寄ろうとして腰に回されたままの腕を思い出す。



「ごめん、みっちゃんありがと。」

「…ううん、怪我が無くて良かった。どこもぶつかってない?」

「全然大丈夫。」



咄嗟(とっさ)にみっちゃんが抱き寄せてくれてなきゃ、目の前に立ってた俺も巻き込まれてただろうけどな。

ほっとした様子で笑いかけるみっちゃんの、俺の腰に巻き付いてる腕をポンポンと「ありがとう」の意味を込めて軽く叩くと、やさしい締め付けは緩んでほどける。
俺の無事を確認したみっちゃんの視線は、今は床に倒れた『神様』の上だ。…俺を支えていた方のと逆の手は、腰元のみっちゃんの本体の柄に置かれている。
……??なんか違和感が…。

その元を確かめたくもあったけど、足元の気配が動くのにはっとして顔を向ければ。
鍛刀場の床に片膝をつき、黒のショートグローブを嵌めた片手で顔の下半分を覆い、俯いたまま動かないイケメンがいる。

……もしかしなくても鼻とかぶつけちゃったか?
イケメンは鼻高いもんな。みっちゃんも高いしな。
てか、俺『イケメン』言い過ぎだな。さすがに失礼だよな。
たしかさっき名前………まずい、飛んでる。

いや待て。腰元にあるの『本体』だよな?
あれにはめっちゃ見覚えが………。



「…えっと、…『神様』?大丈夫……です?」



怪我の有無を確認しようと一歩近づく。―――あ。





耳、めっちゃ紅(あか)い。





褐色の肌でもわかるほどの色づきに一瞬目を奪われてたら、目の前の相手が野生の獣みたいな俊敏さで素早く動いた。
視界を黒くて大きな背中が半分覆い隠したところで、物凄い音が横から響く。
バリバリばきばきと。派手な音に慌ててみっちゃんの背中越しに(頑としてみっちゃんが俺の前から動かなかったので。…俺庇われてばっか。)覗けば、鍛刀場の出入り口にあたる障子戸が破られ、戸枠が外の廊下に倒されている。
結構悲惨だ。



「っていうかお前!…大丈夫かッ!?怪我しただ…ろ……っ、」



障子の壊され具合からしてさすがに無傷じゃないだろうと、やっとこさみっちゃんの後ろから出してもらい、学ランの彼に歩み寄った直後に。





―――ぽたり。さっきから顔の半分を覆ったままの片手の下から、滴り落ちた『それ』を目にしてしまった。





「……一瞬、顕現されたのは同田貫様だったかと記憶を疑いました。」

「へ?たぬき??狸もいんの?…そっか、狐がいるなら狸もいんのか……。」

「違います。『刀剣男士』様です。本刃様の前で言って斬られても知りませんよ。というかもふもふアニマルなサポート式神はこんのすけで打ち止めです。これ以上の追加は予定にありません、なに期待してるんですか。」



たしたしと正座した俺の膝をこんのすけの前足が叩く。
『あのあと』、気がつけば本丸に来た最初の日の案内で教えられた手入れ部屋にいた。
学ラン地黒のイケメン―――『大倶利伽羅』は、鼻血は出してたが鼻の骨は折っていなかった。よかった。
ただ、やっぱり砕けた木片やらで肌の見えるところのあちこちに切り傷やら擦り傷やらこさえてるは、倒れ込んだ時の打ち身で青くなってるやらで見てて痛々しく。
俺の胃は大変ギリギリした。

ので。大至急手入れした。めっちゃポンポンした。
本丸に投げ込まれた日に前もってレクチャー受けててよかったと、心底思った。



「………こういう予定ではなかったのですが…。」



そばで見てたこんのすけが微妙な顔してなんか言ってたがスルーした。



「それにしても貧じゃ……もやしに見えた審神者様が、奇声を発したかと思ったら大倶利伽羅様を抱えて走り出したのには驚きました。」

「オゥオゥ、言い直したところで悪口に変わりねぇーからな、それ。奇声はまぁ……うん。自覚ないけどビックリさせてごめん。」

「僕もビックリしたよ。主くん、力持ちだねぇ。」

「『研究室』に入る前は『軍』の後援部隊にいたから、力仕事多くて……まあ、みっちゃん達『刀剣男士(かみさま)』と比べられるもんじゃないけど。」



多分みっちゃんぐらいまでなら抱えられるんじゃなかろうか。
…にしても、他人の血を見たのが久し振りだったからったって、動揺し過ぎたな。
みっちゃんやせっかく来てくれた新しい『神様』の前で醜態さらしちまった(「今更?」とかこんのすけ辺りには言われそうだが。)………呆れられて「還(かえ)りたい」とか思われてたらどうしよ。

横目に伺うと、ちょうど視線の先の『手入れ部屋』の障子が横に引かれ、学ラン姿の『刀剣男士』――――大倶利伽羅とばちんと目が合った。



「あ…えーと。『身体』の方は、どうですか?変な感じ、まだしますか?」

「……さっきよりはいい。」



少し俯き気味に返してきた大倶利伽羅が廊下へと出てくると、みっちゃんが俺のすぐ隣………俺に『何か』あればすぐ動ける位置へと移動してくる。
実は大倶利伽羅の手入れを終えた直後、みっちゃんに釘を刺された。
いわく、「『名乗り』を正式に終えていない『刀剣男士』には、迂闊(うかつ)に距離を縮めてはいけない。」…ということだった。

ただの人間が『人ならぬもの』を使役するため契約を結ぶ際、つまりこの場合は『刀剣男士』が相手だが、『名乗り』とは人間(ひと)よりも霊的に高位にあたる『刀剣男士』が自ら従属の位置に入ることを誓約するもので、それを済ませないうちは主たる人間側の安全のために、安易な接触は避けるべきだという話らしい。
わざわざ人間の為に力を貸してくれている好意的な『神様』たち相手に、そう構えて接しなければいけないというのはなんとなく気後(きおく)れするが、『人』と『人ならぬもの』という難しい主従関係を保つためには、互いの為に必要な『線引き』なのだと、みっちゃんは苦笑交じりに穏やかに話した。
「主くんと僕が一緒にいる為に。…主くんを守る為に必要なことなんだよ。」なんて、まるで溺愛する幼子(おさなご)に言い聞かせるように、ひどくやさしい笑みと聲(こえ)で言われてしまえば、おとなしく受け入れるほかない。…心中複雑だが。



(あのときの『違和感』はそういうことだったんだなぁ……。)



優しくて気遣いのできるみっちゃんが、目の前で倒れた相手に手を貸さずにただ見ているだけだったから、酷く不自然に思ったのだ。…俺の知らないところでも、ずっと守ろうとしてくれてたんだなぁ。

向かい合って座る俺と大倶利伽羅との間にぴょん、と割り込んだこんのすけは、大倶利伽羅の前を陣取り、状態チェックに入っている。
…どうやらうちの大倶利伽羅、顕現直後からのどたばたの原因は霊力の循環の悪さから来ているらしく、そのせいで顕現している『肉体』とそれに宿る『分霊体』との間でうまく噛み合わず、肉体を行使するのに手間取るようなのだ。
もしかしてと思ってみっちゃんにも確かめれば、筆で描いたような眉がへにゃん、と垂れぎみになる。



「…ごめん。ほんの短い間で、ちょっとした違和感程度だったから気のせいかとも思ってて……。その子ほど酷くないけど、なんだか足元がふわふわするような、落ち着かないような感覚は僕にもあったよ。すぐに解消されたけど。」

「…マジか……。」



霊力の巡りが悪いって……つまりは俺の霊力がみっちゃんや大倶利伽羅の中できちんと機能してないってことだろ?
それってつまり、二振(ふた)りが不具合負うことになったのは二振りを鍛刀した俺のせいってこと、「―――違う。」
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