刀剣乱舞

□『俺の嫁さんA〜こんのすけさん、至急です。編』
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――――軍を離れてから半年。
新しい職場と仕事にも大分慣れた。

熱意を持って携わることの出来る職に就けたということは幸運なことであったし、充実した毎日を送れていると思う。

………更に最近では、新たな楽しみというか、『癒し』も出来た。

自分の所属するこの研究室の扉の向こう――――さて、要望に応えてみせた『俺の姿』に、人懐こい『彼』はどんな反応を返すだろう。
緩みそうな口許を懸命に制御しつつ、扉横のタッチパネルに触れ、直ぐ様スライドした扉を潜り、研究室内へと足を踏み入れる。



「――――おはよう、…今日もよろしくな。」

《オハ……―――ワァ!主クン、カッコイイ!!ウン!ヤッパリソッチノ方ガ似合ッテル!》



見えずとも、モニターに浮かび上がる電子文字越し、スピーカーから機械音声で言葉を紡ぐ『彼』が、自分の『要望』通り整えられた俺の外見に大袈裟なぐらい嬉しそうにはしゃぐのが知れて面映ゆい。
髪を切り、髭を剃っただけの軽いイメチェンとも言いきれないそれに、ここまで喜ばれるとは嬉しい予想外だが、久しぶりの視界の広さ同様、何となく落ち着かない。



《前ヨリ君ノ顔ガチャント見エルノ、嬉シイナ。》



明け透けなまでに真っ直ぐに向けられる『好意』がくすぐったくて、人懐こい『彼』の素直な感情の発露に思わず伸びた手は。
保管ケース越しに『彼』の美しい『本体』――――『燭台切光忠』という名の刀を撫で、愛でる。

まるで直に触れられでもしているように、擽ったさを訴えた『文字』だけの相手が、なんだかいじらしくて可愛くて仕方ない。



《…オ仕事、頑張ロウネ!今日モ宜シク、僕ノ主クン♪》





■□■□■□■





「…っは…、は、ふ……っ。」
「……。」
「は…ぁ、……っ、…………っ?……ありゅ…じ、くん…?」

「――――すみませんでした。」

行き場のない熱を孕んだような潤んだ瞳と、仄かに朱を滲ませた艶めいた肌と、やや乱れたスーツ姿とで見上げてきた相手が、やや舌足らずに俺を呼んで。
不思議そうに小さく首を傾げてみせた直後、俺は床に頭がめり込みそうな勢いでその場で深く深く土下座した。

………『仕置き』と称して優しい神様をいじめたりなどしたからバチが当たったのか。
予想外の深刻なダメージに、俺のLIFEはゼロ通り越してマイナスです。

「…へ?ちょ、ちょっと主くん…っ?」

慌てた様子で身を起こした相手―――『燭台切光忠』、愛称『みっちゃん』は、自分にセクハラ紛いの悪戯を行使し、あられもない姿をさらさせた相手(=俺)に戸惑った声で、けれど明らかにこちらを労るそれで。
「急にどうしたの?」、「顔をあげて?」と口にしながら、優しく促すように床に頭を付けたままの俺の肩を優しく撫で摩(さす)ったり、何度も優しい手つきで俺の髪をすいたりやらしている。
………正直ますます下げた頭が上げられない。
更に床にめり込んでいきそうだ、罪悪感で。
小さな悪戯のつもりだったんです。
ほんの出来心だったんです、ほんとに。
あの場に漂い始めてた不味い空気(=俺の理性が挫けそう的な意味で)をどうにか変えたくて、軽いおふざけのつもりでちょっとばかりみっちゃんの身体のあちこち適当にくすぐってみただけだったのに……、まさかそれがあんな……………、

『…っ〜〜っはは!やっ、も…ふふっ、ぁは…っは……、』
『っぁ…はひっ、…ふ…ンぁッ、は……っ、ぁは……んンっッ!』

…………………あんな、A○女優(本職さん)が裸足で逃げ出すレベルのエロティックな表情と甘い声のダブルコンボでオーバーキルされる羽目になるだなんて、誰が予想できたというのか。
いや、出来ない。出来たわけがない。
下心がまるでなかった訳じゃないが、出来てたらそんな無謀というか馬鹿というか底抜けの阿呆というか、いっそ勇者な真似(けれどそれを実行する場合、実行者は己の理性が鋼素材かもしくは伝説の金属製、もしくはいっそ桃源郷の住人に相応しく干からびた木乃伊状態に等しく不感であることが必須。)を実行しようだなんて考えなかった。

俺、勇者でも仙人でもないし。
………知ってたらしなかったよほんとにマジで。
理性は重症でギシギシいってるし、なんにも知らないような優しくて健気な神様騙して汚したみたいで罪悪感半端ないし、うっかりエロいのに若干あどけない感じの表情に萌えさせられて下心悶絶中だしで一時的心労が凄まじい。
そんな精神的状態も相まって、なかなか頭を上げられない俺にみっちゃんは困ったようにしながらも、優しいいつもの口調で。

「……いきなりでびっくりはしたけど、怒ってなんかないし、謝られるようなことなんか僕はされてないんだから、気にしないで。……まぁ、笑いすぎてちょっと苦しかったけど。」

「たくさん笑うのって、結構苦しいんだね。知らなかったよ。」などと、気分の落ち込んでいる俺を浮上させようとしてか、最後にはちょっとおどけた調子で明るく締め括る。
ちら、と窺い見れば、見上げた彼は声の調子そのままににこにこと上機嫌で楽しげで。

……その表情にうっかり癒されて、つい先刻の自分の行動にまつわる諸々を一瞬忘れかけた俺はしかし、続いた爆弾にまたまた衝撃から石のように固まる。

「……それに…、嬉しいんだよ。…君に、触れてもらえるの。『刀』の姿の時は、こんな風に君を近くに感じることなんて出来なかったから、新鮮………って、いうか…。
―――ああいうの、『すきんしっぷ』って言うんだろう?……憧れてたんだ、僕。」

片手で口許を少し隠しながら、迷うように視線をさ迷わせた後、面映ゆそうに、照れくさそうに俺と目を会わせて告げたみっちゃんは、対する俺が何も反応を返さないのに徐々に居たたまれなくなったらしい。
じわじわとまた耳まで真っ赤にすると、綺麗な唇を歪ませて、両の手でその顔を覆い隠してしまう。

「……〜〜〜〜〜っッ、…ご、ごめんねっ!変なこと……言った、かな…?………っでも、本当に……、嬉しくて……っ。
君に…っ、……ふ、触れて、みたいって……、触れてもらえたらっ、しあわせだろうな……って…。
ずっと……っ〜〜〜ぁあもうっ!…はあぁ〜……っ、………ごめん。
格好悪いな、僕。……君の前だと、余裕なくしちゃって……伝えたいことも、何だか満足に伝えられてない気がするよ。
……ごめんね?えぇっと……、何が言いたかったかっていうと、僕は君が――――って、え?

……あ、主くん!?」

直ぐ側の障子に手をかけ素早く開き、その向こうの部屋へと飛び込むなり固く閉ざした障子越しに、戸惑い呼び止めるみっちゃんの声を聞く。
……ごめんな、みっちゃん。
でも待って。
ほんとにちょっと待って。

(………やっ…べ、…危なかった……っ。)

片手で障子を押さえつつ、空いた手で額を覆い俯きながら、腹の底に貯まった熱を逃がすべく深く息をつく。
………あれ、狙ってないんだよな?
あんな、いじらしいやら健気やら、誘ってんだか煽ってんだかわからん台詞吐かれて、こっちは既にぐらぐらでヨレヨレな理性が、折角僅かばかり復帰の直後に被ったダメージで致死寸前なんですが。
……暴れる下心で脳味噌が溶けそうだ。
人間、正直なのが一番とかいうがこんなとこ(=欲望)まで正直でなくて宜しいんだよ俺の本能。
起こす必要の無い獣(ケダモノ)起こしてどうする。

あぁ、くそ―――押し倒したい。
押し倒して、ちょっと泣いちゃうかもしれないぐらいまで弄くり回したい。
可愛い。

っていうか何あれ。
何あの可愛い生命体。
『天使』?『天使』なの?
俺が喚んだのは刀の付喪神だと思ってたけど違った?
いや、元からみっちゃんは『天使』だったけど。

(……てか、何?何であそこまで無防備?
あんな台詞吐いた後のこととかちゃんと考えてる?
………ねぇんだろな、あの感じ。)

可愛い台詞にあの煮詰めた蜂蜜みたいな濡れた瞳とか、美味そうに紅く染まった頬とか首筋とか確実に煽るだろう。
悪い方に。
………無自覚だろうが馬鹿は勘違いするんだよ。
特に自分みたいな妄想はできても実体験の伴わない○貞野郎は。

脳裏に一瞬『いたいけな幼な妻(人妻)に無体を強いる暴漢』なんてとんでも想像が走って、こっちは大変戦慄した。
………想像の中の加害者が『未来予想図(=俺)』とかになりそうで恐ろしい。(みっちゃん幼くないけど。)

「………あるじ、くん…?」

障子越しにかけられた声に苦く笑う。
……あぁ、そんな声出さなくても、どこにも行ったりしないから。

(………どうにかしなきゃな。)

絶対に彼に無体を強いるわけにはいかないのだから、何らかの手段を講じなくては。
このままじゃ犯罪者(性的な方)ルートまっしぐらだ自分。
フラグは折らねばならない……とりあえずは仲間兼、みっちゃんの庇護者になってくれる刀剣を増やすところから始めるか。
………俺のストッパー役も含めて。
これからの最優先事項を決めたところで背にしていた障子に向き直り、静かに開く。

開いて若干……、いやだいぶ後悔した。
障子の向こうから現れたのは悲しげな、不安げなその表情。
いきなりの自分の不審な行動で心細くさせたのは明白で、罪悪感で心臓滅多刺しにされて謝罪の為に口を開こうとしたら、その前に相手が一瞬前の表情から一変。
こちらの姿を認めるなり、暗かったそれを明るくさせると、綺麗な顔を甘く甘く蕩けさせて、砂糖菓子みたいな………見ているこっちが身悶えしそうな程喜色満面の嬉しそうな笑顔を向けられた。

―――正直それまで考えてたこと全部頭から飛びましたよ、えぇはい。

「……ぁ…、主くん、…急にどうかしたの?…何かあった?いきなり部屋を出ちゃったから、びっくりしたよ……。」
「………。」
「……もしかして……、さっき僕が、あんなこと言ったから?……困らせちゃった……、かな。」
「みっちゃん、ごめん。」
「……え?」
「もっかい抱き締めていい?」

俺今、みっちゃん思いっきり抱き締めたい。

不思議そうに、やや戸惑いがちに小さく首を傾げたみっちゃんのその動きに合わせて、綺麗な色の髪が揺れるのに見惚れながら一息に告げたら(俺めっちゃがっついてるよね。うん、知ってた。)、一度瞬いたみっちゃんは瞬間湯沸し器みたいに一瞬でまたまた見える肌の部分を真っ赤に染めて、明らかに狼狽えた様子。

「駄目?」
「だ、駄目じゃ全然ないっ……けど……〜〜〜っ!ちょ、ちょっと待って!」

リンゴみたいな顔で動揺しまくってたかと思うと、ふと何かに気付いた様子を見せたみっちゃんは、わたわたと慌てた様子でこっちに背を向ける。
さっき俺が押し倒したせいで乱れてしまった髪やらスーツやらの乱れをやや焦りを見せつつ直し、身嗜みを整え終えると、またこちらに向き直った。

「…………っ、ど…、どうぞ……。」
「………………。」

恥ずかしげに、けれど期待を滲ませた甘い金色の瞳で上目遣いに見ながら、両腕をおずおずとこちらに開いてみせたみっちゃん。
………駄目だ、萌える。
その前の一連の行動もだけどなにそれ、可愛すぎ。
萌え殺す?
萌え殺す気だろ?

俺が手を出さずに内心身悶えていると、みっちゃんの形のいい眉が段々と八の字になり、差し伸べるように広げられていた腕も徐々に下がって――――いこうとしたところを両手首をぐわしっ!、と掴んで強く引き寄せる。
引き寄せた腕は首の後ろに回させ、その勢いのまま相手の腰も拐うように抱き込んだ。

「……ぁ、主く……っ。」

顔のすぐ横でめちゃくちゃ動揺した声を出している相手をぎゅうぎゅうと抱き込み、背中やら髪やら撫で回す。
………あー、みっちゃんほんといい匂いすんなぁ……。
さっきくっついたりした時も思ったが、伊達男に愛された伊達男(刀剣)ってのは、香りまでおしゃれなんだな。
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