02/04の日記

20:52
投薬
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本格的に投薬が始まりました。

「風邪薬と違って効果は実感できないかもしれないけど、安定させるお手伝いをしてくれていると思ってくれていいから」と主治医には言われました。

まずアタシが最初にぶち当たった壁は施設に入れないことでした。

原付を駐車場に止めるまではできましたが、その後パニック状態になり、誰かが来てくれるまで泣き崩れるか物を投げる、叫ぶ、自分の体を引っ掻き回す等の症状が出てしまいました。

その度に施設長や主任が来てくれ、傍にいてくれました。

アタシは部署が変更になり、新しいリーダーがつくことになりました。

その人はとても優しく、一生懸命アタシをフォローしてくれました。

以前のリーダーは事務所へ。
最初は荒れていて大変だったそうですが、少しずつ事務作業に慣れていったようです。

妊娠をしていた時期に、妊娠を隠していたので体の不調を訴えることができず、苦しんだ時期がありました。

上司がいる時には帰してくれたりもしましたが、他の職員から見たら、「早く病院行って治して来い」「体調が優れないのに来られてもハッキリ言って迷惑です」等言われました。

その時の事がトラウマになり、会議にも出られなくなりました。

大勢の職員が集まる場所へ行くとパニックになってしまうようになってしまったからです。

少し時間を置いてから、アタシが情緒的に不安定になり、投薬も始まっているということが上司から会議で告げられたそうです。

やはりそういった理解は大切なもので、それからは「無理しないで」といったような言葉をよく聞くようになりました。

しかし朝施設に入れないのは相変わらずで、なかなか一歩が踏み出せず、泣く日々が続きました。

そして疲れきっているとのことで2週間のお休みをいただくことになりました。

元気だった頃、実家で「明日休みだし、今日泊まって高価な」と母に告げた所、眉間にシワがより「・・・え?」と言ったような表情をされました。

アタシはこの時から実家に泊まる気は欠片もなくなっていました。

不思議と彼といる間は安心でき、彼も一人暮らしで、ウチに来ていいと言ってくれました。

しかし親に友達の家に行く・一人でも大丈夫と言っても事が事なので心配をして見に来る可能性もあるでしょう。

嘘をつきたくなかったので、彼は最初は渋りましたが、実家に来てもらい、この人の家で2週間過ごしますと両親に伝えました。

意外と父の方は嬉しそうに話をしていましたが、母は違いました。

彼の家に着いた時メールが来て、「男の子の家に泊まるなんてショックです。1番に家族を頼るものではないんですか?デリカシーというものを学んでください」と言われました。

ここでアタシはパニックになりました。
「泊まろうかと話した時に嫌そうな顔をしたのは誰?」「頼れないからここにいる」「アタシの居場所を勝手に決めないで」様々な感情が駆け巡っていましたが、「大丈夫だから」と彼が抱きしめてくれて我にかえりました。

そのことを父に話し、母に伝わり、母はビックリしたそうです。
自分の言った言葉がそんなに追い詰めるとは思っていなかったと。

そこからしばらく彼の家での生活が2週間はじまります。
思えば食事を作って彼を待つといった行為があの時のアタシにとってとても幸せで安心できる環境だったのかもしれません。

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