賢者の石

□03 隣の部屋
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あたりはもうすっかり暗くなっている。





あれから2人は校長室に移っていた。



ダンブルドアは先ほどから
黙々と手紙を書いている。


その間、ユキは紅茶をいただきながら

ずっと不死鳥のフォークスを
飽きもせずに見つめていた。






しばらくして
ダンブルドアは手紙を書き終えると、

それをフォークスに渡した。



しかしフォークスは窓の外へはいかず、
校長室を出ると、
廊下の奥へと消えていった。


たぶん、内部の誰かに宛てた手紙なのだろう。




「待たせてすまなかったのうユキ」




フォークスを見送ったあと、
ダンブルドアはユキに向き直り、
頭を2、3回ぽんぽんとなでた。


「ううん、大丈夫」


そのことに幸せそうな顔をしながら、
ユキは笑顔で答える。



2人はもうすっかり
おじいちゃんと孫のムードになっているようだ。








真っ暗な部屋に魔法でともされた光が揺れる。



その光のした、

紅茶とレモンキャンディーの味を
楽しみながら、
2人はたわいもない話をした。





だがしかし、しばらくして
校長室にノックの音がこだました。


この世界でダンブルドア以外とはまだ
会ったことがなかったユキは、

すこし緊張して背筋をのばした。



「入りなさい」



ダンブルドアがティーカップを置いて
静かに扉の向こうに呼びかけると、


やがて扉が重々しく開かれ、
黒い人影が顔をのぞかせる。



「…失礼する」



静かになった部屋に、
低い、バリトンボイスが響いた。
その声を聴いた瞬間、
ユキの中に歓びと緊張が走る。




「スネイプ教授だ……」




ユキは誰にも聞こえないような小さな声で、
うわごとのようにつぶやいた。





"セブルス・スネイプ"はユキにとって、
ハリーポッターシリーズで一番
大好きな登場人物だった。


ユキは、その姿をいち早くみたいと、
向こうの暗がりから近づいてくる人影に
目をこらした。





やがて明かりのとどく場所にきたセブルスを、
ユキはきらきらした表情で見つめた。



黒い髪は真ん中でわけられ、
血色の悪い顔がのぞいている。

眉間には深いしわがつくられていて、
その漆黒の瞳はまっすぐ
ダンブルドアへと向けられていた。



が、しばらくしてその瞳は
今やっと存在に気がついたというように、

来客用の椅子にちょこんと座る
ユキの方に向けられる。



先ほどまで穴があくほど見つめていた
ユキだったが、

怪訝そうな顔のセブルスと目が合うと、
あわてて目をそらし、うつむいた。




「校長、この娘は……?
 生徒ではないようですが」




眉間のしわを増やし、
セブルスは、ユキを上から下まで
ゆっくり見たあと、
ふたたびダンブルドアに目を移した。




「そう、今日はそのことで
 相談があってのう」




ダンブルドアはそういって
悪戯っぽく笑うと話を切り出した。




「…相談とは、
 いったいどういったもので?」




セブルスは、怪訝そうな顔のまま
ダンブルドアにたずねる。


ダンブルドアがこういう顔をするときは、
何か良からぬことを考えているときだ、と
セブルスは知っているのだ。





「この娘はわしの孫じゃよ」




その一言でセブルスは信じられないといった風に
ユキを見つめた。





「とある事情で
 命を狙われる危険があったのでな、

 今までひっそりと
 隠して育ててきたのじゃ」





そう言って、
ダンブルドアはユキに、ウインクする。

ユキは目をぱちくりさせた。

が、それが事実を隠すための嘘だとわかると、
すぐに怪しまれないように
そのとおりという顔をつくった。


それを見て、ダンブルドアは小さくうなずき、
言葉を続ける。






「じゃが、この娘もここまですくすく育ち、
 晴れて11歳を向かえた。
 ホグワーツに入学させようと思っておる。
 
 だが、その矢先……」






急にダンブルドアは押し黙って、
いかにも本当のことのように
重々しく口を開いた。




「もうすぐ新学期がはじまるという
 このときにじゃ。
 
 ……とつぜんあずけておった家のものが
 行方不明……いや、

 ……消えたのじゃよ」




ダンブルドアは、
事実を少しずつ曲げて伝えていた。

しかし、言っている内容的には
大体が本当のことだ。



だが、ユキはなにか、
もやもやとしたものを感じていた。


しかたのないことというのは
わかっている。


この世界では、
これが本当のこと。
それでいいはずなのだ。


罪悪感は消しきれなかったが、
ユキはそう自分に言い聞かせた。





「……ここで本題に入る」





ダンブルドアが、
セブルスをまっすぐみて、
急に真剣な表情になった。






「この娘の血縁者は今、
 わし一人のみとなった。

 じゃが、わしはここを離れられん。

 しかし、いくら知人といえど、
 この子をほかにやるのは、
 ちと危険すぎる。

 そうなると、彼女をここで住まわせるより
 ほかにないと思った。
 



 そこでじゃ!」






急に立ち上がるダンブルドア。
セブルスは嫌な予感しかしなかった。




「君に彼女の教育係をやってもらいたい!」




意気揚々と言うダンブルドアに、

嫌な予感があたった……と
セブルスは項垂れる。




「なぜ私を…?
 ほかに、もっとそういったことに
 向いた先生方がいると思うのですが……」




講義の声をあげるセブルス。




「あいにく、
 今学校に残っている先生方で、

 この子が生活できるのに十分な
 空き部屋を自室の近くにもつ者は、

 この学校でセブルスをのぞいて、
 おらんのじゃよ」



「っ……空き部屋とはもしや……」




セブルスは、
わなわなと震えながらつぶやいた。




「たしか君の隣の部屋に
 ちょうどいい空き部屋があったはずじゃ。
 そうじゃろう? セブルス」




「…………はい」




セブルスは観念したように言った。




「たのまれてくれるな?」



「…………」



満足げなダンブルドアに、
セブルスは何か言いたげな目を向ける。



「なに、買い物に付き添ったり、
 食事の時間を知らせたり、
 質問しにきたら
 快く答えてやってくれるくらいでよい」


やさしい口調とはうらはらに
有無を言わせないまなざしでみつめられて、

セブルスはしばらく黙って考えていたが、
最後には、降参といったかんじで
つぶやいた。



「……はぁ……
 承知しました。」







そして、セブルスはしぶしぶとだが、
晴れてユキの教育係となったのだった。






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