fkmt短編2

□最愛は思春期につき
1ページ/1ページ


※現パロ



悪いけど、私はあんたとは付き合えない。悪いけど、他を当たって。

もはやお決まりの文句である。そうですか、と呟いた同い年の少年は、俯いた後、律儀にも「話を聞いてくれてありがとう」と言ってから、駆け足で去っていった。
そんな姿を眺めながら思う。全くもって悪い人じゃない。いや、むしろ学年中から好かれる質の典型的いい人。顔良し、性格良し、成績良し、また噂の立つような事をしてしまった――後悔はないが、これからの生活が少々億劫だ。
名前は鞄を提げ直すと、体育館の裏から伸びる人気のない道を通って帰った。



「随分モテてるらしいじゃない」
「……兄さん」
「兄さん、ね」

くすくすと笑い、兄――もとい赤木しげるはごろりと横になった。宿題に勤しむ妹の隣で何たる蛮行。名前はぷい、と顔を背けて、再び数学のドリルに集中した。成績は落としたくない。兄の二の舞になりたくない。私はちゃんとした職について、きちんと稼ぐのだ、その一心で、中学校入学後は必死に勉強だけしてきた。

だが、しかし。

それ故あまり友達付き合いをしなかったせいか、部活にも入らず早々に帰宅する日々を送ったためか、学年中……下手をしたら学校中にミステリアスという印象が植え付けられてしまったらしい。それでは兄と同じではないか!冗談抜きでショックを受けた名前は少しずつ、慎重に友人を作ろうと試みた。これもまた、兄のようにコミュニケーション能力を著しく損なうといった事態に陥りたくないがためである。

だが、しかし。

今度は男子達がギャップ効果云々言いながら騒ぎ出したのだ。こんなに目つきの悪い自分が何故だ。本当に分からない。そして何故か兄がそれを知っている。ますます分からない。
名前は溜め息を吐き、麦茶で喉を潤しながら考える。だが、答えなど出ない。学校で出される宿題レベルなら、どれだけよかっただろうか。
まったく、世の中には難しいものが存在している。

「ねえ、兄さん」
「ん?」
「何で私の学校生活の事、色々知ってるわけ?」
「名前が心配だからな、兄として」
「でもさ、ここまで知ってるとなると流石に恐いんだけど」
「ふうん」

あんたの事を聞いているのに、ふうん、とは何だ。ぐっと拳を握って耐える。激昂したその時に勝利を失う事は、火を見るよりも明らかだ。

「っていうと、今日はお前も呼び出されたって訳か」
「……は?」
「ククッ…別に俺は、誰に、いつ、男女の仲を求められたのか何て一言も言ってない」
「言い方が生々しいわ」

冷静にツッコミを入れている……と見せかけて、名前は内心悔しさで一杯だった。また一本取られた。この人の妹いびりはどうにかならない物なのか。学校では数学が得意な理系女子(冷静沈着論理的)として名を馳せているのに、何だかそれを足下から掬われているような錯覚を覚える。

「で、どんな奴?」
「……何で話さなきゃいけないの」
「別に、話したそうな顔をしてるから言っただけ」
「してない!!」
「へえ、そう」
「……」

寄ってきたと思ったら、いきなり逃げていくこの感じ。名前が籍を置く中学校にこんな人は誰もいない。天の邪鬼って奴なんだろうが、そんな可愛らしい名前で誤魔化せるような兄ではない。何だか無性に腹が立ってむくれていると、また、兄は楽しそうにけらけらと笑った。

「……で?」
「……いい人だよ。学校中でも有名な」

顔良し性格良し成績良し。後ろ二つは兄さんと正反対。付け加えたこの言葉は、少しでもダメージになればいい。名前は相変わらず、唇を尖らせて言った。
しかし、返ってきたのは、あのにやりとした笑みで。

「何で俺が比較対象なの?」

と。

ごもっとも。

名前はしばらく固まって、揺れる兄の白い髪の毛を見ていた。そこから覗く双眸も――自分だけに向けられる柔らかい眼差しも――真一文字に結ばれた唇も――そこから漏れる自分だけに向けられる少しだけ甘い声も――そりゃあ、比べちゃいますよ。

結論が導き出されたその瞬間、名前は弾かれたように立ち上がった。
顔を真っ赤にさせて、兄とそろいの髪を振り乱しながら叫ぶ。

「おっ、お兄ちゃんの馬鹿!!」

お兄ちゃんみたいな人が好き、だなんて、口が裂けても言える訳ないのだ。
本当はお兄ちゃんに褒めて貰いたくて勉強頑張ったなんて、この事実は墓場まで持って行くつもりだったのだ。

「もう知らない!」

やたらと響く言葉を残して、名前はばたばたと足音を立てながら家を飛び出していった。
残された“お兄ちゃん”は、そんな暴言を吐かれたにも関わらず喉を震わせている。

「お兄ちゃん、ね」

満足げに呟くと、ごろりと寝転がった。強がりのくせに甘えたがり、そんな思春期真っ盛りの可愛い妹は、何だかんだじきに帰ってくるだろう。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ