fkmt短編2

□外堀からこんにちは
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※銀王メインで神域と沢田さんが手を焼く話
※主人公もシニア





「は?」

これは珍しい、と的外れな事を頭の片隅で思いながら、名前は怪訝そうな顔をする赤木を眺めた。
しかし、名前にとってはどうして赤木がそんな顔をするのか、という方がよっぽど疑問で。

「……そんなに驚く事かい?」

怪訝そうな表情をそっくりそのままお返しし、カップに注がれたコーヒーをすすった。
ちらりと沢田を見ると、また彼は彼で俯きがちに煙草に火を灯している。二人してこの態度とは、一体どうしたのだろうか。

「あー…名前よ」
「ん?」
「お前は本当にそう思っているのか」
「こんなつまらん嘘つかないよ」
「……」

質問を投げかけた沢田は名前から目を逸らし、赤木を見る。それを感じたのか、赤木も沢田にジト目を返す。
ますます訳が分からなくなって、名前は首を傾げた。

「俺は、仕事だと思うがな」

遠慮気味に呟かれた沢田の意見に、うんうんと頷く赤木。名前は苦笑いを零した。

「そんな気遣わないでくれよ。私だって分かってるさ」

自分で吐いた言葉なのに、舌触りはあまり良くなかった。それを誤魔化すように含んだコーヒーも、温いせいかやたらと苦い。
その時、ドアが控えめに叩かれる音がした。少し赤木と沢田が気にする素振りを見せたが、名前が笑いながら「この叩き方は銀二だよ」と言うと、なおさら疲れたような顔をして、ソファにふんぞり返ったのだった。



「今日は早くないか」
「そうかもね」

赤木が飲み散らかしていったあとを片付けながら名前が言う。せっかくだから夕飯も食べていけばいい、と提案するも、これまた珍しく「いらない」の一点張りで、2人はそそくさとホテルから出て行った。
その2人を見送り、部屋に入ってきた銀二はテーブルの散らかり具合を見て苦笑いをする。

「また派手にやったな」
「文句なら赤木に言ってくれよ。あいつには時間感覚ってもんがないんだ」
「そういえばあいつら随分急いでたみてえだが、何かあったのか?」
「さあ。それが分かったら、多分今も宴会続行中だよ」

名前の言葉にひとまずは納得したのか、銀二は疲れたようにソファに沈み込んだ。煙草をふかす横顔をじっと見つめていたが、しばらくして我に返る。

「夕飯どうする?」
「ああ、食ってきた」
「……はいよ」

まあ、ちょうど良いといえばちょうど良い。先ほどまでの集まりにて発揮された赤木の我が儘で、やたらと色々作らされたのだ。良い物を作る自信もない。ちょいどいいのだ、と自身に言い聞かせ、名前はクリスタルグラスを洗い始めた。

少しだけ、以前の出来事に思いを馳せた。
悪党に愛人がいるのは当たり前だ。恋人がおらず愛人がいるのもざらだ。名前から見て、平井銀二はそのタチだった。その謎の色気に毒されたのか、無条件に愛されないと分かっていてもどっぷり嵌ってしまった女は数知れず。ちなみにここにも一人。
まあそんな男だから、近くで、且つ客観的に見ていれば実に色々と分かってくる。めまぐるしく変わるその辺の事情。この男から他の男に乗り換えた女すらいるのだから面白い。歳の差も当たり前だ。中年男のくせして20代の女と平気で関係を持ったりするのだ。当たり前だから気にした事などない。

しかし、彼に恋人ができたらどうなるのだろうか。

ある時は薄ぼんやりと、ある時ははっきりと名前の心に巣くっていた疑問である。そうしたら自分はどうするべきなんだろうか、とも考えつつ。同じ事をここまで長い間考え続けた事などなかった。もうかれこれ10年以上。

そして、ついに結論を出す日が来たと思った。

最近、彼と親しくしている女性がいるという。また愛人か、こいつめ若いな、なんて思っていたのも束の間。繰り返される外食と外泊。巽から聞かされる「銀二の色恋事情」。いい加減耳が痛くなったが、ふとここで冷静さを取り戻す。何て事はない、自分は銀二の何ものでもない、と、浮かれていた、そう気付いただけだ。

「なあ」
「ん?」
「あいつらってよく来るのか?」
「そうだね……週2、3回は」
「お前が呼ぶのか」
「そういう時もあるよ。私だって一人で飲むのは寂しいからね」
「…そうか」

洗い終わって、仕上げにシンクに湯を掛けて拭き取る。虚しいくらいに光るそれには、結婚適齢期などとうにすぎた女が映っていた。
……前までは、目尻の皺も、ほうれい線も、何も気にならなかったのに。

あの時から調子がおかしい。そう、あの時、赤木に誘われて久方ぶりにした外食。赤木の運が良かったのか、名前の運が悪かったのか、恐ろしいほどのタイミングで、ばったりと銀二“たち”に出くわした。
この“たち”に含まれているのは、巽でも、船田でも、安田でも、ましてや森田でもない。見目麗しい、20代半ばほどの女性だった。あの時表情をきちんと取り繕えたかは未だに自信がない。愛人なら堂々としてればいいものを、銀二が僅かに表情を曇らせたのを察知してしまった。それは当然心に引っかかり、名前をしばらく悩ませた。そして、結論。

彼女は、平井銀二の恋人である。以上。終わり。

歩み寄ってくる銀二をひらりとかわし、名前はちゃっちゃと布団に潜り込んだ。これ以上恋人たちの時間を割こうとは思わない。扉が閉まる音を聞いてから、名前はごろりと俯せになった。



翌日、名前はちゃきちゃきと準備に勤しんでいた。ぶっちゃけ部屋にある調度品の多くは銀二に与えられた物なので、放置の方向。名前も知らない彼女が使っていけばいい。前もって話はしてあるし、今から雀荘さわだに転がり込んでも大丈夫だろう。ひろゆきが暮らしているアパートに空きはあるだろうか、などと考えつつ、名前は小さめのボストンバック片手に部屋を出た。
天気はあまりよろしいとは言えなかった。上等な曇り空だ。溜め息を1つ吐いて、名前は目的地に向かってのろのろと歩き始めた。

すると、前方に見覚えのある人影が。目つきの悪い白髪頭には見覚えがあったので、ついつい名前は声を掛ける。

「赤木ー」
「お」

よう、なんて気軽な挨拶をした。しかし、彼の視線が名前の荷物を捉えた瞬間、また目を細めて何ともいえない表情を作る。

「……本当に出てきたんだな」
「言ったろ、そんなしょうもない嘘はつかないって」
「へえ」
「っていうか、珍しいね、一人で。雀荘さわだは休業日?」
「ああ、臨時休業だ」
「そうか……沢田がどこにいるのか知ってるかい?」
「ああ、そうだな……よく知ってるぞ」
「本当……」

か、までは言えなかった。後ろからもの凄く申し訳なさそうな顔をした森田と天に押さえつけられたからだ。

「うおっ…ちょ……なに!?」
「すいません名前さん!!」
「今日ばかりはお許しを……!」
「は!?」
「おーい今だ、車出せー」

間延びした赤木の声に従うように黒塗りの車が現れる。一体何がどうなっているのか。とりあえず自分が拉致された事は分かったが、それ以外は皆目見当つかない。麻雀牌より重いものは持てないからと駄々を捏ねる赤木のために、ひろゆきが仕方なさそうに名前のボストンバックを拾ったのが視界の隅に映った。



「どういう事だい!!これはっ!!」
「……いや、すまん…」

少し引け目を感じているように見える沢田に食ってかかる名前。顔を真っ赤にしつつ、拳を形作って随分乱心しているようだ。こんなに取り乱した姿は初めて見ると、赤木は呑気に笑っている。

「ククッ……おい名前、結構似合ってるぜ」
「茶化すな!」
「否定はしねえよ」
「沢田てめぇ!!あーくそっ、何させる気だ!」
「あーあー、おっかねえなあ。主役がそんなツラじゃあ盛り上がりに欠けるぜ?」

ギロリと音が聞こえそうな程に赤木を睨むが、余裕のあるにやにや笑いに全て流されてしまう。どうしてこうなったと、名前は頭を抱えた。

「絶対似合ってないだろ……本当馬鹿にするのはやめてくれよ……」

鏡には、昨日のシンクに映った女がいる。ただし、その衣装は白くてヒラヒラしていて、やたらと高級感を漂わせるものだから質が悪い。床に付くほど裾が長いそれは、俗に言う――

「そういうもんじゃねえのさ」

目を細めて沢田が笑う。今までとは違う雰囲気を醸しているその表情に、名前は思わず息を呑んだ。

「確かに若い奴らみてえな華々しさはないけどよ、お前はそれでいいんだ」
「違いねえ。他ならぬ当人がいいっつってんだからよ」
「………当人?」

名前がぽかんとすると、赤木と沢田がにやりと笑う。どこかで見た事あるような笑い方だった。
今にわかるさ、誰かがそう呟き、それをかき消すようにホテルのドアが開けられた。


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