fkmt短編2

□いたみ分けの日々に
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※主人公病んでます。暴力描写あり
※散々な目に遭う赤木さんが見たくない方は、閲覧をお控え下さい




ちりっとした痛みで目を覚まし、その後襲ってきた激痛で覚醒した。単純に痛い。自分が嫌いな感覚。
フローリングの床に這いつくばるいい年した男。考えるだえでも滑稽で笑えてきた。そうでもしないとやっていけなかった。

部屋を見渡す。不思議な事に小綺麗だ。いつも散々汚すくせに、きっちり寝る前に片付けるのだ。この部屋の主は。「あんたに汚れた部屋で過ごしてもらうわけにはいかないから」とぬかす。
ちなみにその女は現在ソファで就寝中だ。ここからでも顔色が悪いのが伺える。もう何日ものを食べていないのだろう。自分がじゃない、彼女がだ。自分は彼女の手作りの料理を三食きちんと食べている。結果的に出すときもあるけど。

矛盾も良いところだ。そういえばあの漢文は最強の矛と最強の盾という組み合わせだったか。今繰り広げられているのはどちらかと言えば真逆、最弱同士の掛け合わせによる矛盾に思えた。

女の目元には幾重もの涙の筋が伺えた。また、彼女は泣いたのか。いつになったら、この女は笑ってくれるのだろうか。きっとその瞬間が、この日々からの脱却なのだろうと思った。



赤木の肩にできた傷を見て、女が発狂した。
今まではどちらかと言えば無関心に近い、いっそ物足りなさを感じるほどの女だったのだが、赤木がシャツを脱ぎ捨てその傷を外気に晒した瞬間。

「それは、なんだ」

と。恐ろしい程に感情の無い声が投げかけられた。どういうことだと固まったが最後、女の力とは思えぬ正面蹴りをかまされたのだ。
急所も知らぬ素人の蹴りは赤木を苦しませる。内臓を直接揺さぶられたようで気持ち悪く、動けないでいるうちに、肩胛骨の間に踵落とし。今度こそ崩れ落ちた。痛い。血も出ていないが、しかし痛い。

「怪我だけはするなってあれほど言っただろ。気をつけろよって」

ぽたり、と赤木の頬に何かが落ちた。涙かと思った。血だった。
しゃがみこんだ名前の手に握られていたのはフルーツナイフ。本物のドスやら拳銃やらを向けられた事すらあったのに、そのフルーツナイフはそれ以上の凶器に思えた。小さな刃は名前の柔肌に食い込み、赤い血をこぼしている。

「や…めろ」
「あんたがギャンブル中毒だなんて分かってたよ。だから、だから、だからこそ……!!」

ぎらりと凶悪に刃物が光った。鈍い色をした塊が振り上げられる。弾かれた名前の血の中に移った自分の顔は、驚く程に情けなかった。

「だからこそ!!その身体にギャンブルの痕を残さないでと言ったのに!!あんたは!
あんたは!!」

右の二の腕付近をつるりと滑ったナイフは、フローリングに突き刺さる事もなく軽い音を立てて倒れる。そこに小さく広がる血溜まりに、今度こそ、名前の涙がぽたりと落ちた。

「赤木、赤木……好きなんだ、大好きなんだよ」

できた傷跡をぎゅっと握る。思わず痛みに顔をしかめれば、名前は涙ながらに口角を吊り上げた。これは彼女の笑い方ではない。名前は笑うとき必ず目が細くなっていたから。

「ねえ、一緒にいてよ。博打の傷を作るなら、私の傷も作ってくれよ。その痕が消えるまで、ずっと、ねえ、ずっとずっと」

医者には――直接聞いたわけではないが――この刀傷は一生消えないと言われた。それが何を意味するかなんて分かっている。それでも、続々と増えていく血溜まりの中で自分は眠るしかなかった。いつか来たるであろう日を求めて。それを救済の日と名付けるべきなのかは、いよいよ赤木には判断できない。



傷が増えた。言わずもがな、名前によって刻まれたものだ。しかし、それは彼女も同じ。赤木を傷付けた分だけ必ず自分にも刃を当てる。
それだけはよせと赤木が懇願しても、名前は何も聞いちゃくれなかった。

ぼろぼろになった身体を抱えて名前は今日も泣き、そして笑うのだろう。そんな彼女を嫌いきれない自分も馬鹿だ。
我ながら腐りきっていると思う。彼女は人にあるまじき行為をしておきながら、赤木の知る誰よりも人間らしい。

その時、名前の愛しい双眸がぱちりと開いた。やはり腫れぼったくて、白目にも赤い筋が蜘蛛の巣のように通っている。そんな目を擦りながら、名前はフルーツナイフを取り出した。丁寧にアルコール消毒をして、満足げに微笑んで覚束ない足取りで赤木に近付く。

「おはよう、赤木」
「……ああ」

刹那、名前はナイフを赤木の右肩に当てた。ちりっとした痛みに眉を寄せると、そのまま自分の右肩にも傷を入れた。白いシャツにじわりと赤が広がる。

「私たち、何してるんだろうね」
「俺が聞きてえよ」
「好き」

赤木は言葉を返さない。名前はうわ言のようにその2文字を繰り返し、赤木の肩に顔を埋める。また泣いているのか、出血による発熱で火照る身体に冷たいものが当たった。

「この傷に勝る何かが欲しい」



そんなものとうにあるだろう、と言ってみたところで、彼女が聞き入れる訳がない。
だから、いつか名前が気付くまで傷を受け入れるしかないのだ。それこそ、傷が全て癒えるまで。



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