fkmt短編2

□似非の赤色
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※壮年ヒロイン



少しだけ気になった。落ちていたそれを、数秒見つめていた。赤木の呼ぶ声に帰ってきた。彼は何ともいえない表情で私を見ていた。



「また…随分と奇抜だな」

皮肉でもなんでもない、事実を私は伝えた。液体というには粘り気があるそれを訝しげに眺めれば、神域の男は無邪気に笑いくされた。

「いらなかったか?」
「……」
「欲しいんじゃないかと思ったんだが」
「何を根拠に」
「俺は見たぞ。今日落ちてた……あれ何ていうんだ?」
「ああ、付け爪」
「付け爪っていうのか。落としちまった奴は大層痛かったろうな」
「何か勘違いしてるみたいだけど、別に生もんの爪でも医療品でもないぞ」
「そうなのか」
「そうだよ。知ってるんだか知らないんだか分からないな、あんたは」

口角を持ち上げて笑った。確かに今日それがアスファルトに転がっているのを見かけた時は、何故だか足を止めてしまったが。懐かしかったのだろうか、それとも鮮やかな色が目を引いたのだろうか。

殺伐に思える、無機質な黒い風景の中。素朴に映りこむ焦げ茶の爪先と、一点の赤。
その切り取った異色の瞬間は目蓋に焼き付き、私を思考の海へと落とした。

「申し訳ないけど、私は別にこいつを欲しいとも思ってないさ」
「じゃあ何であんな必死に見ていたんだ」
「色々考えるだろ。この爪を落とした女は何をしてるのか、とか、拾わずに過ぎ去る程度のものなら付けるまでもないだろう、とか」

そんな、ごくありふれた思考。

「嘘だな」
「…どうして分かった」
「なんとなくさ。お前さんの事は大体分かる」
「それが、」


それが不思議なんだと、どう説明すればあんたは理解してくれる?
私はあんたの事なんて、さっぱり理解できないのに、こんなに理解したいのに。


「それが、どうしてこうなるんだ」

思い出したように揺れる小瓶。その凝ったデザインの中には赤い液が溢れていた。

「あー、俺が思うにだな。お前だって女だろ。そんなド派手な爪を見りゃ、ちったあ昔を思い出したんじゃねえかとな」
「……」
「当たってるだろ?」
「ったく、何でだ」

いっそ頭を抱えた。ここまで筒抜けなら、いっそべらぼうに全てをさらけ出した方が楽なんかじゃないかとすら思える。こんなに苦悩する私を見て、なおこの赤木は笑う。

「そうかそうか。昔から赤が似合ってたもんなあ」
「その言い方止めろ。今でも似合うみたいじゃないか」
「そういうことなんだがな」
「は?」

赤木は私をまじまじと見つめながら、顎に手を掛けて呟くように言った。

「普通は歳を重ねるほど化粧が濃くなるっていうが、お前は最近めっきりしなくなったな。服も黒だの紺だの陰気くさいもんばっかだ」
「悪かったな」
「そうじゃねえよ。俺の前でくらい、昔みてえなお前でいいじゃねえかって話だ」
「……無理を言うなよ」

残念ながら、私なりの努力の結末がこれなのだ。私は赤木の前で着飾りたくなかった。赤が似合う、その服が綺麗だ、とはよく言われたが、私自身が誉められた事がなかったから、だから、だなんて、よっぽど馬鹿みたいだ。

「なあ、それ、付けてみてくれよ」

条件反射に近かったと思う。考える事を放棄したようである私の脳みそは仕事をせず、代わりに指先の末梢神経が一生懸命に、少しずつ、少しずつ、形の悪い爪に赤色を重ねて、何故だかとても筆が震えて、無性に喉の奥がつんとして。
爪10枚分の私を隠して仕上げに息を吹き付ければ、できあがり。皺だらけ、ささくれだらけの指の先に赤くて若々しい何かが乗っている。

「やっぱり綺麗だ」

くしゃりと笑いながらそうこぼした赤木に感想を求められたので、私はセオリーに乗っ取った答えを返した。
私が素の爪が、窒息死しそうだ。


「やっぱり少し、息が苦しいもんだね」

と。ああ、上手いこと言った。






誤字はないはずです。はい。
一回加筆しました。申し訳ありません。



 

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