fkmt短編2
□ノスタルジア・ロマンス
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※やっぱり壮年ヒロイン
「ほら、赤木起きな」
「あ?終わりか?」
「そうだよ」
まだ眠たそうに目元をこする赤木に笑いかけ、名前は鞄を肩に引っ掛ける。大きく伸びをした赤木より一歩先に、ホールから流れ出て行く人の波に飲まれた。
少し古い建物を出れば、その空の赤さに目が眩む。いい天気だとは家を出るときに思ったが、ここまで見事な夕暮れになるとは思わなかった。地面に落ちる影も少し赤らいでいて、カラスが黒点となって突っ切る風景は、どこか名前をノスタルジックな気分にさせる。
そんな彼女の背後に待ち人が近付いた。
「おい、名前」
「ああ、赤木。今日は付き合わせちゃって悪かったね」
「気にすんな」
彼が隣に来るのを待ってから、歩調を揃えて歩き出す。あの頃から変わらない、きっと死ぬまで変わらない一定のテンポで靴底が鳴った。
「随分と眠ってたね」
「あー…お前には悪いが、正直退屈で仕方なかった」
「うん、まあ、そうかもね。薄々勘づいてはいたけどさ」
「お前は?」
「私?」
「ああ、楽しかったか?」
「そうだね、楽しかったよ」
「そうか」
西日が眩しい。男の白いスーツには大変相性が悪いようだ。二人して目を細める様は随分滑稽に思えて、名前は笑いながら赤木の手を引いた。
「赤木、喫茶店にでも入らないかい」
あまり気乗りしてない様子だったが、それでもついてきてくれる男に笑みが零れた。
適当な席につくとコーヒーを注文する。ひとつはブラックで、もうひとつはミルクで。話し合いもなくオーダーしたものだから一瞬従業員は戸惑った顔をしたが、すぐに穏やかな笑顔に変わってキッチンへと消えていった。
灰皿を探してさ迷う視線に「禁煙だ」と返し、げんなりとした表情はスルーしつつ、鞄を開いて今日のパンフレットを眺める。赤木はますます分からない、という顔をした。
「そんなに楽しかったか?」
「さっきも言ったろ。すごく楽しかったよ」
「俺には分からねえなあ」
運ばれてきたコーヒーに速攻で口をつけた。よほど口寂しかったらしい。
スプーンでかき回しながら写真を眺める。久し振りに生オーケストラを聞く機会ができたと申し込んでみたところ、見事当選。最後赤木をぱしって投函させたのが効いたのかもしれない。
ペアチケットということで不安にはなったが、何と驚いた事に赤木が一緒に行くという。
「今日はありがとうね」
「あ?」
「色々付き合ってもらってさ」
「構わねえよ。しかし、よくお前も俺を誘ったな」
「駄目元だよ」
「そうか」
「駄目元でも、誘ってみたかったのさ」
赤木が少し目を見開いた。慌てて視線を手元のコーヒーに移す。
「あんた知ってるかい?」
「何をだ」
「私、実は麻雀よく分からないんだ」
「……は?」
「分からないよ。役だって全部知らないし、得点計算の方法も分かってない」
「お前、そんなんなのにいつも俺に付いて回ってたのか?」
「そうだよ」
「つまらねえだろ、それ」
「当たり前じゃないか。麻雀自体は私にとって退屈なものでしかないよ」
「じゃあ…」
「あんたがいるからに決まってるだろ」
やたら渇く喉にコーヒーを流し込む。少しミルクを入れすぎたかもしれない。やけに甘くてどうもできない。
「あんたがいるから私はついていくのさ。
今日は、そうだねえ、女々しい事をいうけど、あんたの興味がないことにも付いてきてくれるのか、ちょっと気になっただけ」
「……おいおい」
顔を上げれば、赤木がにやりと笑っていた。
「とんだ殺し文句だな。今日1日は無駄じゃなかったか」
「寝てただろ」
「そこは目ぇつむってくれや。今度雀荘行った時寝てていいからよ」
その言葉に我慢できずに吹き出した。
「何言ってんだい、まったく」
肩を揺らしながらコーヒーを口に運ぶ赤木を見る。
西日が眩しい。
男の色素のない毛髪に赤い色が写りこみ、肌も一瞬だけ白く見えて、再び名前はノスタルジック……というには胸の高揚が伴っている、妙な懐かしさに心を染める事になった。
「名前」
「ん?」
「どこか行きたいところ、ないか」
名前は少しの間きょとんとした顔をしていたが、すぐに目を細めて笑った。
カップの取手にかかっている赤木の指に自分の手を重ねる。
「そうだねえ、どこに行こうか」