fkmt短編2

□Second Heaven
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それはどこにでもいるように思えた。私の目の前に、或いは後ろに、ずっと向こうに、いつだっているような気がした。丈夫な作りの椅子に深く腰掛け、動くことなく、色味を帯びる事なく常に私のすぐそばにいた。語りかけてくることはない。怒ったりすることもない。私に感情を向けたりしない。二つの双眸で私を射抜くだけ。私はそれの存在を感じていた。

思えば、あの男は“天国”という言葉を使った試しがなかった。

地獄の淵を見てきたり砂を拾ってきたり、地獄に縁はあるようだが、天国なんて視野に入れたことすらないらしい。まあ、あの男が天国に行って過ごす姿なんて想像できないが。





それはどこにでもあるように思えた。私の目の前に、あるいは後ろに、ずっと向こうに、いつだって。1人でいると尚更、その存在を感じるようになっていた。だが、それを身体のどの器官で感じているのかは、私には分からない。

腕を掴まれ、強引に押し倒された。押しつけられた唇は予想より冷たかった。少し荒れたそれが離される。私は息を吐いた。間近に迫った細い目が、更に細められるのを見た。喜んでいるのか、呆れているのか、この男の思想は私には理解しかねる。しかし、それでも、私の心の片隅で小さな喜びは産声を上げる。

「俺に、ついてこい」

低い、熱の籠もった声にほだされて、私は頭を動かした。どう動かしたかは、よく覚えていない。





それはどこにでもあるのだと分かった。私の目の前に、あるいは後ろに、ずっと向こうに、いつだってどこにでもあるのだ。この男がこの世界にいる限り、私の五感から消え失せる事はあるまい。

紫煙をくゆらす男の背を見つめていると、無性に叫びたくなった。まだ戻れるのか、もう戻れないのか。どうすればいい。シーツをくしゃりと握りしめ、私はその男に胸中で問う。霞みながらも確かにそこにある、道の存在を痛いほどに感じながら。


私は地獄へ続く道を見た。それは天国からずっと続いている道だった。


誰かの叫び声が聞こえた。今日もまた1人、誰かがその道へ墜ちたのだろうか。私の一歩先にも、例に漏れず道があった。




それはどこにでもあった。その男と共にあった。だからある時は私の目の前に、ある時は後ろに、ある時はずっと遠くにあった。私がその男と在る限り、ずっとそこにあるはずだ。この男と共に歩いた分だけ、きっと私は、地獄へ向かって進んでいる。

「あなたとここで横たわる事が私の望みの全てだ。天国のように感じる」

男が何か口にしたら、決まってこう返した。彼はこの言葉が気に入ったらしく、しばしば私に言わせてくる。一本道は進みやすい。



天国があるのならば、第二の天国がある。それは浮世とも、現世とも、人生とも表せる。

そしてそれらを一言にまとめるならば、きっと、地獄だ。



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