fkmt短編2

□赤くて青い春の話
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還元祭リクエスト/しら子さん
本人様のみお持ち帰り可です



冷めている、と私を評価する人がよくいる。まあ、心当たりがないわけじゃない。しかし、その、人が冷めていると評価を下す箇所において、私は別に格好つけてクールを気取っているわけではない。一番適当な言葉を当てはめるならば、何だろう、「初めから覚悟をしている」とでもいった所か。

最も印象深かったのは、小学校に入学した時。私はあの頃まさに夢と希望に胸を膨らませ、毎日早起きをし、一生懸命お勉強をして、それはそれは、楽しく過ごしていた。しばらくは。初めの勢いが勢いだったからか、飽きるのも早かった。外の冷たい空気なんかより、布団の熱の方が当然恋しかった。友達と食う道草よりも、家にある菓子が好きだった。宿題なんて面倒以外の何者でもなかった。これが本来の姿だと気付いてしまった。2度とあのような高揚感を抱く事はなかった。

その癖に拍車を掛けるように、私は物覚えが悪かった。元来熱い心など持ち合わせてもいないのに、度々これから起こるであろう何かに盛り上がった。そして当然の如く落胆し、失望し、飽きて、冷めた。次第に、そうやって盛り上がってから落ちる事にも飽きたし、どうせ落ち込むのだろうとたかを括る姿勢になっていったのだ。どんなに一時が楽しかったとしても、それに揺らされるな、うつつを抜かすな、ぬか喜びするな。と、まあ、解説するとこんな具合だ。



さて、そんな私がその男に出会ったのはうららかな春の光差す、桜が眩しい季節だった。そいつは目立った。なんせ、そんないかにも春という空気の中まったく、まったくもって春らしくなかったのだ。四季の中に生きることをしないその姿には見覚えがあった。私と同じだった。天候に適しているのだろうくたびれたカーディガンが印象的だった。

それ以降は偶然が仕事をし続けた。少しくらい休んでもらって構わなかったのだが、それにしても働いていた。最終的にはファミレスで空いた席が隣にあった段階で観念するようになった。勿論奴は来た。

とりとめのない話以外をした試しがなかった。流れに任せて過ごし続けた。否、一度塞き止めた事がある。きっかけは井川が私に「楽しそうだな」と言った事だ。実際はもう少し丸みを帯びた言葉遣いだったからかもしれないが、良く分からない。たのし、辺りまででぴきりと身が凍った。先入観万歳というか、刷り込み効果というか、しばらく何故かナリを潜めていた感情が押し寄せてきたのだ。ゲームセンターにて井川と共に叩き出したハイスコアが、心底恐ろしいものに思えた。あの時の事は未だ鮮明に覚えている。リアルだ。だってリアルタイムの出来事だ。ついさっきの出来事だ。時計の長い針はまだ一周していない程度の出来事だ。

まずい、楽しかった。

楽しいのがいけないというんじゃない。井川と一緒に居ることが楽しかったのがいけない。恒常的に楽しさをうっすらと感じていたのがいけない。

「名前!いきなり帰るなって!!」
「井川…」
「ったく何だよ…俺何か悪い事した?」
「いや」
「じゃあ何でだよ」

私は頬を掻いた。逐一説明するにはつまらない話だし、かといって話さないというのもどうだろう。少し考えてから、井川に向き直った。

「期待が外れた時って虚しくない?」
「まあ、当たり前じゃないの」
「それだけだよ」
「は?」
「それだけ」
「……説明」

不審そうな目を向けられては、こちらも応えるしかない。

「私は期待が外れるのが恐いから、いつだって期待してない。期待しないようにしてきた。なのに、あんたといるのが楽しかった。不覚だった。だから逃げたし、これからもしばらくは逃げようと思う」
「……ふざけんな」
「我が儘だよね。でもさ、許してよ。それが私なんだ」
「お前だから云々じゃなくて、言ってる事が訳分からないっていうか……ったく!本当お前ってめんどくさい奴だな」
「今更だな」
「うるさい」

井川は頭をわしわしと掻いて舌打ちをした。
そしてつかつかと私の方に歩み寄り、手首を思い切り掴んで引っ張る。

「ちょっ」
「なんか上手く言えねえけど……!!」

井川はきっと私を睨んだ。少しだけ顔が赤い。それを隠すように力一杯引き摺られて、私も何故か駆け足気味になってきた。

「俺はお前の事なんか知らないって訳じゃなくて!でもお前が逃げるのは気にくわないって訳で!」
「は、い……」
「その期待がどうのこうのとかじゃなくて!何で今くらい、楽しいときっくらい楽しもうとしないんだお前は!俺といるとき楽しいんだったら、ずっと楽しそうにしとけよ!」
「はあ…」
「だから!」

不意に手を離されて少しよろける。突っかかったつま先を見ていたら、頭上から声が掛かった。

「期待外れとかにしてやらねえから、俺は、だから」
「……」
「だから、もう少し、」
「井川」

顔は上げられなかった。なんせ今日は月が明るい。顔を見られたくないのは、どうせお互い様だろう。

「私、今すごい楽しい」
「……ああ、そう」
「だから、もっと、できる限りずっと楽しんでいたい」

ふん、と井川が鼻を鳴らしたのが分かった。私の視線の先にあるものは、くるりと回って進み始めた。だから、私も静かにそれを追う事にした。



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