流転の謳歌。
□09
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薄暗い光だけが閉ざしたカーテンの隙間からあきらの部屋に漏れてくる。それすらもぶち殺したいぐらいに憎らしく思えて、そんな終わっている自分にとてつもない嫌悪感を覚えた。
「…よくここに来れたな」
机に突っ伏したままにらみ上げる。とっくに冷めたお茶が置いてある机の他端にキュゥべえが乗っていた。
「質問があるんじゃないかと思ってね」
ふとさやかが魔女化した日の会話を思い出してまた歯軋りをした。最初からさやかが魔女になっていた事を見越して行動していたようにすら思える。
だがキュゥべえを殺したってどうしようもない事も理解していた。この部屋をわざわざ血で汚す事もない。
「…これがグリーフシード?」
あきらの手には黒曜石のように光る宝石がぶら下がっていた。真っ黒だ。まるでグリーフシードみたいな。
「“グリーフシードになる物”だよ。それはまだソウルジェムと呼べる代物だね」
「まだ、ね」
はっとした。
息が荒くなる。肩が震え始めた。冷や汗と脂汗が同時に出てくる。
キュゥべえは相変わらずあきらを見つめていた。言葉が脳内を蹂躙する。「質問はないのかい」と。
「まさかっ…」
「気付いたかい?」
影が落ちたその顔が不気味だ。
あきらの契約の内容―――ソウルジェムの穢れを浄化する存在になること……
かわりに、半年後に必ず限界を迎えること
「う…げほっ……」
瞼の裏にちらちらと光る昨日の黒と青の光。巨大なエネルギー。そしてかつて戦った事のある魔女。
「……っ」
トイレに駆け込んで刹那胃の中にあったものを全て吐き出した。胃の中は軽くなったはずなのに気持ち悪さが抜けない。しゃがみこむあきらの後ろにはすでにキュゥべえがいた。
「何で…」
「君たちだって効率化を目指す為に仮定と検証を繰り返すだろ?それと同じだよ」
言い返す事ができない。体力的にも、理屈的にも。
「だから君に魔法少女になってくれないかって聞いたんだ。
一人の魔法少女が半年普通に魔女狩りをして総合的に得られるエネルギーと、一人の魔法少女に回収したエネルギーを使いながら穢れをため続けて魔女化させるエネルギー、どちらが大きいのか」
「そんな…っ…じゃあ私は、実験台なのか…?」
キュゥべえの姿が霞んで見える。悲しいのやら…気持ちが悪いのやら
「うん。そうだよ」
なんてあっさり言ってのける。キュゥべえという生物を理解したと豪語するだけあって無駄な逆恨みはしないが、かといって不快でない訳がない。
「ついでに他の魔法少女を浄化したらどうなるのかという結果も欲しくてね。激戦区のここに呼んだのさ」
「…何だ、私、3回もあんたに騙されてたんだな」
「騙す?冗談はやめてくれよ」
「はっ…」
何だか、今の自分の価値だとかは、激しくどうでもよくなった。
いつか、否、4ヶ月後、自分は確実に魔女となる。そんな身体、もうどうだっていい。
ただ、やれる事はある。
グリーフシードである自分に、ソウルジェムの―――魔法少女の心の闇を蓄える事が。
「どこ行くんだい?」
「もう私に希望がないんなら、誰かに託すしかないじゃないか」
そう例えば、美樹さやか、とか。