流転の謳歌。
□03
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静かなのはほんの一瞬だった。
その後はガチリと歯が噛み合わさる音が響き、間髪入れずに骨が砕ける音がした。ばしゃばしゃと血の滴る下品な音が響き、そしてそれらが地面に落ちる前に彼女の身体は完全に魔女に呑みこまれた。
食われた。
全身、あますところなく、すべて、食われた。
「くっ……」
隣でほむらが悔しそうに目を細めるのが見えた。彼女にはこの結末が見えていたのだろうか。見えていたなら、教えてくれればよかったのに。教えてくれれば、この光景を見たくなくてきっと逃げ帰れたのに。
「あきらさん!!!」
悲痛な声が聞こえる。マミという絶対的な存在を失った悲しみ、虚しさ、そしてそれを凌駕するほどの、恐怖。彼女たちの拠り所となっていた巴マミの欠片は、今や血の一滴もこの世界にない。
助けて、
そう聞こえた気がした。
「う……わああああああああああああっ!!」
自分が気にくわなかった。大嫌いだ。こんな自分。
彼女と一緒に戦う約束をした。互いのために身体を投げ出す覚悟までしていた。馬鹿馬鹿しい。
「あきらのおかげで全力で戦える」
「あきらがいるから、絶対に負けない」
そう言って笑いかけてきたあの蜂蜜色はどこにもいない。
笑顔でこちらに向かってくる魔女を切り裂いた。たちまちその口の中から同じ魔女が出てくる。もう一度切り裂いた。また同じ魔女が出てくる。ガン細胞のように無限に増殖するそれにたまらない憎悪を抱いた。両手を突き出してくるりと回ると、彼女を中心に据えて環状に地面から黒い帯が生え、数本のそれらは刃を持つ。
ナンバリングされたそれらを指で数を示しながら操る。ある鎌が魔女を抑えればその横から他の刃が、また逃げ出せば他の刃が。
「ちっ…」
当たらない、から、面倒くさい。
「ほむら、その2人守ってて」
一方的に命令すると両手を合わせ、魔力を徐々に高めていく。そしてある一定の水準までそれらが力をもった瞬間、彼女は合図のように腕を振った。
たちまち空気が唸り始め、魔女の結界内部を縦横無尽に黒い刃が飛び交い始める。それはもはや魔女を狙うだけにとどまっていない。結界ごと魔女を憎んでいるように、無関係なように思われる装飾品までもをずたぼろに切り裂いていく。
魔力を解放しすぎたのか一瞬動悸が激しくなった。ソウルジェムが濁り始めたらしい。すかさず吸い取った。また魔法が勢いをつける。
脚の異様に長い椅子を切断し、そこから落ちてきたつぎはぎだらけのぬいぐるみを一刀両断する。次に魔女を切断しても増殖は起きなかった。実は本体はぬいぐるみだっただとか、切り裂きすぎてガンの摘出がすべておわったようになっていただとか、冷静な解釈も思考力もない。
パリン、と音がした。机から落ちてきた2人分のティーカップが、中身の紅茶をまき散らして砕け散る。
「……」
もう、何も恐くない。
飽きもせず、性懲りもなく、もう一度、失ってしまったのだから。
「……ごめん、マミ」
―――やっぱりこんな能力じゃ、誰かを救う事なんてできやしないよ