流転の謳歌。
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朝起きれば暖かくて柔らかいにおいがする。鼻をくすぐるそれに誘われるようにして目を開けば、くすくすと笑う声が聞こえた。
「おはよう」
「…ん」
短く返事をしたら軽く頭を小突かれた。急かされるように腕を引かれ、食卓に着かされる。
「…おはよ」
「ふふ、どうぞ召し上がれ」
噛み合わないがそれに気付く程に覚醒もしていない。居候を初めてからかなりだらしなくなったあきらだ。
「昨日も大活躍だったもんね」
「違う…」
「またまた遠慮しちゃって」
「違う…」
同居人が粗方面倒をみてくれるのであきらはそれに甘えまくっている。マミの作るご飯は美味しい。現状肯定主義の彼女が厄介にならない理由がないのだ。
「そういやあの子たちどうするって?」
「うーん、魔法少女になるよりも、願いをどうするかって事で一杯みたい」
「あー…そろそろ怪我でもするかな」
「やめてよ、そんな怖い冗談」
軽口を叩きながらマミの出してくれた紅茶をすする。その頃にやるとさしものあきらも完全に目を覚ましていた。頬杖をつきながら桃色と青色の少女に思いを馳せた。お勧めはできないな、とクッキーをかじった。
* *
「らあっ!!!」
ぐわんと空が揺れ、刃は唸る。空気が小刻みに振動し、刹那に爆ぜた。
「ティロ・フィナーレ!!」
黒い霧となってはじけ飛んだ使い魔たちは消え失せ、街にはまたしっとりとした空気が流れる。
「やった!!」
「やっぱ先輩たちカッコいい!!」
「やったって…見せ物じゃねえぞ」
「もう!緊張感もって!!」
変身を解いた二人を絶賛する彼女たちだが、確かにこの雰囲気はゆるい。まあ、ガチガチに凝り固まるより遥かマシだと考えるあきらであるから、ほんの少し咎めるような口調になっただけで後はのんびり伸びをする。
キョロキョロと辺りを見回した後、少ししゅんとした口調でまどかが言った。
「グリーフシード、落とさなかったね」
「今のは魔女から分裂した使い魔でしかないからね、グリーフシードは持ってないよ」
「ここんとこハズレばっかじゃない?」
「使い魔だって成長すれば魔女になっちゃうの。
放っておけないのよ」
グリーフシード。魔女狩りの報酬。唯一の見返り。
それを求めて闘うのだから、普通ならば魔法少女同士が組む事はない。
ちらりと見れば、マミのソウルジェムはやはり蜂蜜色をしていなかった。濁ったそれを見つめ、たまらない気持ちになってそっと手を伸ばす。
「ところで」
マミが切り出す。あきらは慌てて腕を引っ込めた。時々後先考えず動く悪い癖だ。
「二人とも何か願い事は見つかった?」
暗い空の下を心もとない街灯の光に照らされながら並んで歩く。
「いやぁ、まだ…」
「わたしも…あ!」
ふと閃いたように声を上げる。
「マミさんはどんな願い事をしたんですか?」
と。
しかし誰もが理解できるほどに、マミは動揺した。後ろから見ていても肩が明らかに震えたのだ。表情が見えているまどかは尚更だろう。取り繕うように両手を振る。
「ううん、いいの」
足を止め、静かに語り始める。