屑月花

□一遍ノ罅
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「…どうしたの、君」

眼外界から、一つ声が掛けられる。

他の人は此の姿を見て、逃げていくか、罵声を浴びせるか嬲って行くのに。

「こんな雨の中…風引いちゃうよ。」


そそくさと真ん前で座りこんで、顔を覗きこまれる。

暫く返事もせず、目も合わせずにいると、

彼は自身にこちらの血が付くのも気にせず
濡れた頬にそっと触れ、泥と血を払い落してくれた。

とても温かく…とても大きな掌。

それは彼の持つ、深い群青の髪と眼とは対照的で、何処までも優しいぬくもりだった。


「こんなに震えてる…周りの"人間"は
一体何をしてたんだ。」

『…』

「これ着て、ちょっと濡れたけど、少しは暖かいから。」


そういって差していた傘を、器用に肩で支えながら、その大きな羽織を脱いで自分に掛けてくれた。

まるで、全く以て自分の「この状況」なんぞ気にも留めない普通の素振りで、せっせと介抱を始めている。

真横に投げ捨てた短刀も、泥水溜まりから
何の躊躇も無しに手を突っ込んで、掬い上げて、こちらに渡すこと無くその懐へとしまい込んだ。


「…君、孤児でしょ?」

『…』

「今、家に還る所なの。君もおいで。」


「ほら」と差し伸べられた手をまたもや、沈黙を以て応えなかった。

応える意味が分からなかった。

こんな、誰も近づこうとしない自分を…ましてや血まみれの状態のままで、何を考えているのだろうか。


…それでも、心の中では、その手に縋りついていた。

助かったと。

もう、短刀が懐へと取り上げられた時点で、自分は二度とそれを握ることは無い。

二度と、あの味を味合わなくて良い。



――…もう、泣かなくて良いんだ。と。


そっと手をのばす。
確りと、握り返される。

「今まで、よく頑張ったね。」

空が晴れる代わりに、涙が溢れた。
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