#2.嬉し恥ずかし告白 |
ほそっこいとは言えども、幾ら何でも女子高生が大の男一人を担げる筈もない。しかも、相手は意識がない。これでは無理だ。 その事に気付いた一騎が頑張って、階下の自室でまだまだ惰眠を貪っていた溝口を泣き落とし、黒田を一騎の部屋に寝かせたのは本当につい先程の事で。 ───だって、私・・・黒田さんの鍵、何処にあるかも知らなかったし・・・。 意識がないからと鍵を勝手に探すのは悪いから、と一騎は溝口に自分の部屋に運んでくれる様に頼んだ。そして、今は一騎の部屋で横になっている。 溝口がいなくなってから、黒田の何時も掛けているトレードマークの眼鏡を起こさない様にゆっくり外してみた。そうしたら、予想外に美形な黒田の本当の顔に吃驚してしまう。意外に、一騎は面食いだったらしい事に改めて気付く。 寝ているだけだろう、との溝口診断を当てにして、一騎は取り敢えず夕食を作る事にした。きっと、行き倒れも食事にあると推測している。 暖かい空気。 鼻腔を掠める馴染みのない、けれども擽ったい程の香り。 自分には、こんな事は望んでも手に出来ない、想像の産物───妄想だ、と夢に描いた物で現実にはない、とそう思っていた。 ───・・・良い、匂い・・・だ。 味わった事がない。 けれども、幸福だと言える感覚に、今まで闇の中を漂っていた意識をゆっくり浮上させる。 「・・・・・・」 いや、正確には夢の中でもこの暖かさと香りが優しく包み込んでいたのは間違い。 眼が醒めても又夢なのか、と思いつつも躰を起こした。何時もと違い、躰が軽い。 そう言えば、自分の部屋ならこんな風に床が綺麗であるはずない。 よくよく見回してみれば、寝ていたはずのベッドも小綺麗だ。そう言えば、枕に掛けられていたタオルからは、良い香りがしたな、と寝惚けた頭で考える。何時もなら、書類やら書籍やら、色々と散乱していて思う様に寝返りも打てないのだが。 足の踏み場があまりない自分の部屋と比べ、綺麗に片してある部屋は何て不便がないんだろう、とかどうでも良い事を考えつつ、先程から鼻を、お腹を擽る匂いを辿った。 「あ、起きて来た。おはようございます、黒田さん」 「え・・・? あ・・・、おはようございます・・・?」 きちんと返事をした黒田に、一騎はくすくすと微笑う。 「黒田さん、又行き倒れていたんですよ? ちゃんと食事しないと駄目って言ったじゃないですか」 「・・・・・・済まない」 とは言えども、最近では黒田は一騎の部屋付近で行き倒れてくれているので、解りやすいから良いが。 「又研究室に閉じ籠っていたんでしょう? ほら、あまり美味しくないかもしれませんが、カレーが出来たんで、食べて下さい」 「あ・・・、ああ・・・」 クッションを背に置いてある椅子に座る。 目の前にコトン、と炊きたてのご飯の上にカレーをよそった器が置かれる。福神漬けとスプーンも置かれ、一騎も自分の分を黒田よりも少な目によそって席に着いた。 「お水も要りますか?」 「えっと・・・、いただきます」 目の前には湯気を立てている、出来立てのカレー。 一騎はコップに水を入れて目の前に置くと、「召し上がってみて下さい」とはにかんだ笑みをした。 覚えていない位、ガツガツと食べて水を一気に飲み干して、もう一杯とカレーをお代わりして満腹になってから、漸くこれが現実だと気付く。 「しまった・・・っ、もっと味わって食べれば良かった・・・っ」 「? 黒田さん、何か言いましたか?」 「・・・っ?! い、いやっ何でもない、です」 やってしまった・・・。 深く後悔している黒田の心情を一騎が解るはずもない。 ───あ、憧れの一騎・・・さんの部屋に上がるだけじゃなく、こうして暖かな夕飯まで・・・っ。 黒田にとって、一騎は理想的なお嫁さん像そのものだった。 一目会った時から、実は一目惚れしていた事は内緒にしている。 そして、脳内では一騎と呼び捨てで、何時かそう呼べたらと野望を立てていた。 「味付けとか、自信がないから・・・美味しかったでしょうか?」 控え目に聞かれれば、酷くコクコクと首を縦に振っていた。 初めて、人の出してくれた料理が美味しいと思ったのも、やはり一騎の料理が原点で。味覚があったと言える。 「黒田さんって、眼鏡・・・伊達、何ですか?」 「・・・・・・っ?!」 マズイ! 黒田は一騎の言葉に焦ったが、一騎は軽く「黒田さんは眼鏡掛けない方が格好良いんですね」位しか言われなくて、逆に肩透かしを食らった気分だった。 「・・・何時も、一騎さんにご迷惑をお掛けしてしまっていて、僕の方こそ申し訳ない」 「いえいえ。私の方こそ、これだけしか取り柄がないから、黒田さんのお役に立てて嬉しいですから」 以前から思っていた事を口にしてみた。勢いも必要である。 「か、一騎・・・っ、僕が食費出しますから、良ければ食事をこれからも作ってもらえませんかっ?!」 一騎の手を握った。ノリは、もう結婚しませんか?に近かったが、二人共そんな事には気付かない。 「は・・・、はい・・・っ。私で良ければ・・・っ」 はにかんだ一騎の笑顔に、黒田は柄にもなく、ガッツポーズでよっしゃ!と叫んだのだが、それは一騎に見られなかったらしい。 次の日から、一騎が黒田のお弁当まで用意する様になり、黒田の髪や肌艶が良くなっていった。 |