総一SS

□日常くろっしんぐ
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《雨音》




 ぱたぱた───。

 サァーー。

 突然、耳に聞こえてきた音に、先程まで明るかったはずの窓を見上げ、そっと溜息を吐いた。



 ───雨、か・・・。



 約束通りに島に戻り、眼が見え難くなって未だ慣れない頃。
 雨が降るのは、とても怖かった。
 それは、眼が見えていた頃は考えられなかった事───。

 「・・・怖い・・・」

 そう、一騎は雨が怖くなっていた。



 ───まるで、世界に俺一人だけ取り残された様な感じ・・・。



 恐怖に怯え、四肢を縮こまらせて、幼児の様に膝を───躰を抱える一騎は、何時もの真っ直ぐ前を見つめている様から、酷く遠ざかって見える。
 皆を守護する存在ではなく、庇護の対象でしかなかった。

 一騎が雨を恐れる理由は、一騎自身も解っている事だが───。



 ───克服・・・、しなくちゃいけないんだって・・・。これからは、これが当たり前の生活になっていくんだからって・・・。



 「解っているんだ、けど・・・」

 小さく震える躰を叱咤するが、一度そう感覚が捉えてしまったら、中々難しい。

 今日は家の中に1日居る日で、父親である史彦はアルヴィスに会議があるとかで遅くなるらしい。
 朝は、流石に史彦が居るので自分の躰を奮わせて、何とか起きて料理も危な気にだがこなし、史彦と二人で何時もの会話が少ないながらも親子の食事をこなせた。
 史彦を見送り、自室に引き籠ってからだ、自分の弱さを甘んじて受け止めているのは。

 「こんな・・・情けないところ、彼奴には・・・見せられない・・・」



 ───総士・・・。



 一騎が祈る様に、手を合わせる。すると、何時の間にかポツン、と目尻から涙が零れ落ちていく。

 それが切っ掛けだったのか、懐かしい"気配"が一騎を包み込んでいた。



 『・・・・・・き』

 優しい響きに一騎は、ん・・・?、と半分眼を開ける。
 しかし、視界の悪くなっている眼が、物を映すはずもない。
 一騎は顔だけを少し動かした。

 『一騎、大丈夫か・・・?』

 気遣う、優しい声音。
 誰にも解ってもらえなくても、彼の声音は一騎の耳に優しく響き渡る。

 「総士・・・」

 震えてはいたが、何処か甘さを含んだ音───。

 『・・・気持ちを圧し殺す事はない。僕にだけは、そんな無理をしている姿を隠さなくて良い』

 ふんわり、と一騎の直ぐ横に腰を下ろし、総士の手が優しく一騎の髪をすきあげていく。
 総士が触れる毎に、一騎の強張っていた四肢が緩められる。

 「・・・っく、だって・・・っ」

 総士の優しさに、一騎の目尻から又涙が零れ落ちていく。

 『・・・誰にだって弱いところはある。全ての強さを持って産まれる人間こそ、奇跡的で稀だ』

 だから、今は泣いて良い、と総士が優しく髪をすき、一騎の後頭部に口付けた。途端、一騎の躰がビクンッと揺れる。
 顔を上げないでいると、総士が更に一騎の晒されている項や肩口に暖かみを落としていく。
 直ぐに、総士の唇が触れていると解ったが、一騎は特に振り払わなかった。寧ろ、総士が触れる度に暖かさが戻り、緊張が解けていく。

 『・・・僕に、話せない事か?』

 ん・・・?
 甘くて優しい総士の声音と、髪をすき上げていく感覚に、一騎は声を震わせながら答えていった。

 「・・・眼が・・・、あまり回復しなくて・・・」
 『うん』
 「それは仕方がないって、俺も納得しているんだ。だから、視覚に頼らずに、触覚や感覚でって・・・そう頑張っていたんだ」
 『・・・ああ、知っている。一騎は本当に、どれだけ無茶をするんだとこちらが心配する程に・・・、頑張っている事を知っている』

 総士に頭を撫でられて、ちょっとだけ気恥ずかしく思いながらも、心の底から嬉しく受け止めている。

 「音が・・・」
 『音・・・?』
 「音が、消えちゃうんだ・・・雨で」
 『・・・なるほど、言われてみればそう、だな』

 視覚で眼に見えていた頃には、こんな事を思ったり、考えた事等なかった。
 どれだけ眼に頼っていたかを痛感させられて、一騎は躰の力が抜けるのを感じた程で。
 雨音で、世界から───一騎の辿る世界から"音"が消えてしまう。それが、一騎には怖かった。

 『音だけを追うのではなく・・・、難しいだろうが物の気配を辿る事をするのも良いだろう、と・・・僕は思う』
 「け・・・はい?」
 『そうだ。一騎、お前は眼で視覚認識せずとも、僕を感じているだろう?』
 「それは・・・、総士だって解らない事はない、から・・・っ」

 一騎の答えに、総士がくすくすと笑う気配がして、ムッと一騎が頬を膨らませる。

 『お前なら出来るさ・・・。僕の気配を、お前は間違わずに辿る事が出来る───それは、他の気配も辿る事が出来ると言う事だろう?』

 繋がっている、この感覚───クロッシングを、一騎は迷う事なく受け入れて、その存在を皆城総士だと認識してくれている。
 どれだけの永い時間が掛かるのか、それは総士にも解らないが、何とかフェストゥムの側で個を保ちながら、存在を取り戻す事は、総士にとっても挫けそうな程、気の遠くなる工程なのは確かだ。
 その中で、総士の帰りを信じ、待っていてくれる一騎の存在は、総士にとっては希望であり、道標で。
 だから、尚更に総士にとって、一騎は愛しくて、愛惜しい存在なのだ。

 『例え、雨に音が消されても、雨とは違う音をお前なら聞き取れるだろう。微かな気配も、お前なら追える───辿れるさ・・・』

 少しずつで良い、やる事に意味があるのだから。

 総士の指が優しく髪をすきあげ、一房髪を弄っては口付けていく。
 一騎は恥ずかしくて小さく、ん・・・と生返事を返すが、総士のする事を特に咎め様とは思わない。
 どちからと言うと、擽ったくて心地好いのだ。

 『僕も、出来るだけ協力をする』
 「ん・・・、便りにしてるよ」

 言うと、一騎の躰を総士の躰が覆う様に触れる。

 『一騎・・・』
 「ん・・・?」
 『僕はお前が・・・、一騎が信じて───望んでいてくれる限り、必ず還る・・・お前の居る、この場所へ・・・』
 「・・・ああ、待ってる。誰もが信じていなくても、お前が帰ってくるって、そう約束してくれたから・・・信じて待ってる」

 例え、この胸に空虚な虚しさが満ちて、心が折れそうになっても。

 『僕は、ここにいる』

 マークザインを通して。

 「うん・・・」

 雨音さえも子守唄に、一騎は心が暖かみを取り戻せるまで、総士と再会の約束と、色々な会話と───ちょっとした総士の悪戯を受け止めながら、緋色の瞳をゆっくり閉じた。

 それは、総士と初めて長く交わしたクロッシングだったのかもしれない。









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