総一SS

□日常くろっしんぐ
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《一騎とカレー》




 ───そう言えば、総士はカレーが好きだったな・・・。



 あの辛い蒼穹作戦から帰還出来たとは言っても、最後の最後は総士の助力があったからこそだった。
 総士と交わした″約束″が、一騎の生きる気力を保たせているのも事実。
 あの作戦以降、母を吸収したミョルニアからもたらされた情報により、一騎の躰も深刻な同化現象は大分抑えられた。───唯一つ、瞳は真紅のままで、視力だけはあまり戻らなかったが。

 視力が戻らなくても、今後、一切の光がこの瞳に差さなくなったとしても、一騎は待つと決めたのだから、と日常を何とか取り戻すべく最大限の努力をした。
 それは、血が滲む様な努力で。

 「・・・痛っ・・・」

 先ずは、今までやっていた事に慣れる事から始めた。
 着替えは何とか慣れて、今では前と後ろを間違わずに着れる。

 只、一番厄介なのは、家事で。
 今までは眼で見てやれた些細な事も、今ではかなりな神経を使っている。

 コンロのガスに火を点ける事や。茶碗を食器棚から出しての配膳、その食器棚へ終うまでの後片付け。
 更に一番厄介物なのは、この包丁。
 刃物なだけに、一番慎重にならざるをえない。
 勿論、ガスを点けるのも慎重だが。

 まぁ、今ではそこそこ自分の指も腕もあまり傷を付ける事もなくなったが、それでも慎重である事は変わりない。

 「・・・確か、今日は父さん帰って来るって言ってたなぁ」

 あまり手の込んだ物は作れないが、どうせならカレーを今から作り慣れておけば総士が帰って来た時に食べさせてあげる事が出来るな、と思った。
 総士と話をする様になって、ある時ぽつりと言われた事がある。

 「・・・一騎のカレーを食べてみたい」
 「・・・え?」

 言われて吃驚したものの、ああ、そう言えば総士はカレーが好きだって話もしたな、と思い出す。
 どうやらその理由も、一騎が小学校の家庭科の授業で一緒に作ったカレーに由来しているらしい事を、後からぽつりぽつりと聞いた。

 「うん、良いよ? 今度、作ってあげるよ」

 その位なら別段問題のない料理で。
 通常、真壁家の食卓に並ぶ事もよくある品だからだ。
 一騎が二つ返事で快諾したのを受け、何気無く言ってみた当の本人である総士もかなりホッとした表情を見せる。

 「あ、でも凝った物じゃないから期待はしないでほしいな。質素だから、舌に肥えたファフナー部隊総指揮官殿には合わないかもよ?」

 何て茶化して言ったら。

 「・・・そんな事はないさ。十分楽しみにしている」

 本当に嬉しそうに微笑った総士の表情に、ドキッとしたのは内緒だ。



 ───軽い口約束だったし、他愛ない会話だったから、彼奴も覚えていないかもしれないけど・・・っ。



 1人今までの事を思い出してはあわあわしながら、カレーの材料に手を掛けて、トントン、と切っては鍋に落として煮込み始める。

「ん・・・、大分良い味になったな」

 本当は一晩寝かせると、更に味が落ち着いて美味しいのだが、朝から作っておけば食べる頃の夜には、まぁまぁな味になるだろう。

 どうしようか。
 そう思っていると、不意に隙間が出来る。

 「・・・もう少し、辛い方が良いかなぁ?」

 総士なら、どんな味付けが好みなんだろう。
 以前、アルヴィスの食堂の三色カレーが好きと聞いて、一騎も総士と一緒に食べてみたが、味が三通りもあったので、美味しかったが総士はグルメなんだな、と欲張りな味覚にちょっとめげた。

 「俺が作るカレーより、美味しいと思うんだけど・・・」

 そう呟いた一騎の声を聞き漏らさずに、総士から「そんな事はない」と反論されたのを覚えている。

 「多分・・・、総士は昔の料理の味を美化して覚えているんだと思うんだ・・・」

 溜め息を零して、もうちょっと辛くしてみようかな、と思った時、ゆらゆらと懐かしい声が響いた。

 「・・・僕はもう少し辛めでも好みだな」
 「そうか?」

 言われて、直ぐそこで見ていてくれる暖かな眼差しと気配に、一騎は辛味を調節する為の香辛料を幾つかささっと鍋に振り掛け、お玉を使って先程振り入れた香辛料がお鍋全体に回る様にかき混ぜ、少し掬って味をみる。

 「えっと・・・、これに甘味を加えると良いと思うんだ」

 言うと、そうだな・・・と柔らかくて甘い、擽ったい様な声音が響き、一騎は擽ったくて首を竦めた。

 「甘味は・・・、と」

 果物を擦り入れて、くるくると鍋全体をかき混ぜ、もう一度お玉で掬って味をみる。

 「今度は、僕もかなり好きな味な感じに仕上がったな」
 「そっか・・・? 総士は甘辛も好きなんだな」
 「一騎の作ってくれた物が好きなんだが?」
 「うん・・・、じゃあもっと美味しいのを作れる様に頑張るよ」
 「・・・一騎」

 優しくて、暖かな空気が躰に纏わり付く。甘く首筋や耳元を擽るのは、なんだろう。

 「必ず・・・、お前の元に・・・一騎が待っていてくれるこの場所に還るから・・・」
 「うん・・・。何時までも・・・待ってる」
 「・・・ああ、必ず還る」

 最後に、暖かな優しさが一騎を労る様にぎゅっと包み込んで───。



 「お? 今日はカレーか?」

 父の史彦の声に、はっとした一騎は、あれれ?と思いつつ、うん、と返事をした。

 「お帰りなさい、父さん。今日は自信作なんだ!」
 「そうか・・・、楽しみだな」

 息子である一騎の満面の笑みに、先程は誰かと話をしていた様な声が聞こえた気もしたが、史彦はそのまま疑問を消し去り、趣味の轆轤を回し始めるのだった。





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