「ありがとうな、ソフトン」




髪を撫でていた手をゆっくり払い、乱暴に目元を擦り、笑みを浮かべて邪王はそう言った。本来の紅とは違う痛々しい赤色に染まった瞳を、見慣れてしまった自分がひどく笑えた。――ヘッポコ丸は、これ以上に泣きはらした目をしていたか。抱える悲しみと涙の量は、ヘッポコ丸と『彼』とではやはり大きな差異が見受けられる。






だが、それは当然なんだと思い直す。







この恋情は、あくまでもヘッポコ丸本人が抱いているものだ。邪王はあくまでもヘッポコ丸の影。ヘッポコ丸の大まかな想いを知ることは出来ても、細部まで理解することは不可能なのだ。邪王はヘッポコ丸の裏ではあるが、『ヘッポコ丸』ではないのだから――





「もう、アイツも落ち着いたと思うから。オレはそろそろナカに引っ込む」
「…そうか」
「多分、すぐには起きないだろうから、悪ぃけど背負っていってやってくれな」
「起きない? 何故だ?」
「なんせ無理矢理奥に引っ込めたからな。浮上すんのに時間が掛かるのさ」
「なるほどな…。了解した」
「頼んだぜ、ソフトンさん」




そう言って、何故か近付いてくる邪王(ヘッポコ丸)の顔。一体何を――そう思考するのと同時に何かが唇に触れた。チュッという軽いリップ音が、微かに耳を擽った。触れた[何か]の正体が、邪王(ヘッポコ丸)の唇であることは、すぐに察しがついた。




「っな――」




何をするんだ、そう問う前に、邪王は静かに意識を無くした。ソフトンの胸の中に倒れ込み、スッポリと収まるヘッポコ丸の体躯。スースーと聞こえる安らかな寝息。完全に邪王はヘッポコ丸のナカに消えてしまった証拠だ。――邪王が消える刹那、邪王が不敵に微笑んだような気がした。気のせいか…?




「…一体何がしたかったんだ?」




邪王の行動に多大な疑問を覚えつつ、しかしその答えは得られないまま、俺はヘッポコ丸を背負い、日が傾き始めたことにより薄暗さを纏い始めた森の中を、来たときとは逆に辿って歩き始めた。






――邪王がソフトンに与えた小さな口付け。それが邪王の、ヘッポコ丸に対するささやかな嫌がらせであることなど、ソフトンは、永遠に知ることは無い。






――――






宿に着くまでの道中でヘッポコ丸は目を覚ました。が、瞳は相変わらず痛々しい赤色のままだった。気持ちは邪王の言う通り幾分落ち着いたようではあったが、心配そうに話し掛けるビュティや天の助に振り撒いているのは明らかな空元気。笑顔にも何処か力が無いし、全体的に暗い影を纏っている感が否めなかった。




ヘッポコ丸が目覚めても、破天荒は少しもヘッポコ丸に近付こうとはしなかった。ヘッポコ丸も自ら破天荒に話し掛ける事をする筈が無く、二人の間には重苦しい空気が流れていた。お互いのフォローに回っていたボーボボもソフトンも、これは当然のことか…と苦々しく割り切るしか無かった。





事情を知らない者達にはこの二人の距離感があまりに不自然に映ったが、それに触れてはいけないことは感じ取れたのだろう。誰も敢えてその部位に触れようとしなかった。あの首領パッチや天の助でさえ、二人に事情を聞くことも冷やかすこともハジケを無理にぶつけることもせず、開いた距離をそのままに保つ役割を果たしていた。





破天荒の親分である首領パッチだからこそ。



ヘッポコ丸の親友である天の助だからこそ。





二人の気持ちを汲むことが出来る。だからこそ、二人は破天荒とヘッポコ丸の壁になる役割を果たした。本当は理由を聞き出したくて仕方無いくせに…首領パッチと天の助は何も聞かず、二人を支えた。それが、あの二人にとってどれだけの救いになったことだろうか。





気付いたことがある。ヘッポコ丸だけではなく、破天荒の笑顔もいつもとは違っていた。首領パッチに向ける満面の笑みは、無理に笑顔を形成しているような、苦々しい笑みとなっていた。破天荒らしさが消えている。その理由が、ソフトンには分からなかった。


やはり破天荒も、あの出来事に少なからず衝撃を受けたのだろうか? …仕方無いか。破天荒はヘッポコ丸の想いを知らないのだから。なのにあんな事になってしまったのだから、破天荒も動揺するのは致し方ない。




あの後、破天荒をボーボボに押し付けたのはソフトン自身。ならば、ボーボボに全て聞き出すのが一番得策だろう…ソフトンはそう考えつつ、最後尾からヘッポコ丸と天の助のやり取りを観察していた。――まぁ、言い換えれば、それは監視に近かったのだが。





天の助が何か余計なことを言わないか。ヘッポコ丸の精神がまたブレてしまわないか。破天荒もしくは首領パッチが藪から棒に絡んでこないか。




想定出来る出来事に考慮し、ソフトンはずっと身構えて最後尾を歩いていた。端から見れば普段通りのソフトンではあったが、普段とは明らかに心中が違っていたのは言わずもがなだ。心中が表情に出なかったのは、勿怪の幸いと言えよう。

















時は進み、ボーボボ一行は一軒の宿屋に到着した。日も半分程落ちていたこともあり、この日はこの宿屋にお世話になることが決まった。



チェックインを済ませ、毎回恒例である部屋割りタイムが開催される。この日の決定方法はあみだくじのようで。紙に書かれた八本の直線の上に、ジャンケンで勝った者から順番に名前を書いていく。その後、一人二本ずつあみだくじの渡し棒を書き加えていく。そうして完成したあみだくじ。リーダーであるボーボボが一人ずつその番号を確かめ、別の紙に書き込んでいく。




「よーし。んじゃあ今から発表するぞー。後から文句は無しだからなー」




集計を終えたらしいボーボボが声を張る。あみだくじが書かれた紙は既にその逞しい掌によって亡き者とされており、手元にあるのは結果が書かれた紙切れ一枚のみだ。


ソフトンは、破天荒とヘッポコ丸が同じ部屋になっていないことを強く祈った。もし二人が同室にでもなってしまったら――破天荒は、ヘッポコ丸は、お互いに部屋に近寄ることもしないはず。一時の安らぎも得られる筈がない。そんな状況に貶めてやりたくはない。そう願いながら、ソフトンはボーボボの言葉を静かに待った。




「俺とソフトン、首領パッチと破天荒、ビュティと田楽マン、ヘッポコ丸と天の助。以上だ、文句は受け付けん。鍵は各自で取りに来い、早い者勝ちだぞー」




早い者勝ち、という言葉にいち早く反応した首領パッチと天の助が我先にとボーボボから鍵を奪いに行く。それを返り討ちされている光景を眺めながら、ソフトンはホッと息をついた。ヘッポコ丸の同室者が破天荒ではなくて良かった、の安堵の溜め息と、同室者が天の助で良かった、の安堵の溜め息。二つの安堵に、ソフトンは張りつめていた糸が切れたような気がした。




天の助と一緒ならきっと大丈夫。彼なら、ヘッポコ丸の落ち込んだ心を癒す役割を果たしてくれる。ソフトンにはそんな確信があった。理由など無い。ただ漠然と、そう思えたのだ。普段の二人を見て知っているから、そう思えたのかもしれない。



ボーボボにぶっ飛ばされながらもゲットした鍵を片手にヘッポコ丸を引っ張っていく天の助。その強引さに戸惑いながらも苦笑いを浮かべて従うヘッポコ丸。そんな二人を見送って、ソフトンは待ってくれていたボーボボと共に、あてがわれた部屋へと移動した。




――――





「さぁ、話してもらおうか、ソフトン」
「…何がだ?」
「ヘッポコ丸と破天荒のことだよ。お前、何か知ってるんだろう?」
「………」




荷物を置き、備え付けられていた簡易キッチンで淹れたコーヒーをボーボボに差し出した時、そう問われた。聞かれ方がどうであれ、どうせ聞かれると思っていたから、動揺はしなかった。


俺は一口コーヒーを啜ってから、今までの事を含んで、知っている限りのことを、洗いざらい話した。結局ヘッポコ丸の気持ちを勝手に代弁してしまう形になったが、どうやったってもう隠し通す事は出来ない。だから俺は、全てをボーボボに話した。






ヘッポコ丸が抱く恋情のこと。



それに苦しみ泣いていたこと。



ヘッポコ丸を裏から支えている『彼』が居ること。



ヘッポコ丸のあの行動の訳と、痛感したヘッポコ丸の弱さのこと。



結果的に、まだ破天荒を諦められないこと。








全てを話し終えると、ボーボボは「うーん…」と唸った。流石のボーボボも、仲間内でこんな複雑な恋愛事情が勃発していたことなど、知らなかったのかもしれない。しかし、俺の想像は容易く破られた。




「まさかそこまで思い詰めていたとは知らなかったな…」
「…ボーボボ、まさか知っていたのか?」
「ヘッポコ丸が破天荒のことが好きだってことはな。そんな裏事情までは知らなかった」
「そうか…」




お互いにコーヒーを静かに啜る。程良い苦味と香りが口内と鼻孔を擽る。




「破天荒はどうなんだ? 彼はヘッポコ丸の想いを知らないのだろう? なのにあんなことになってしまったから、動揺していたのではないか?」
「あ〜…言いにくいんだがな、ソフトン」
「なんだ?」
「破天荒は、知ってたよ。ヘッポコ丸の想いを」
「なに…?」




知っていた? ヘッポコ丸の恋情を、破天荒は知っていた?



一体いつからだ? …いや、この際『いつから』など些細な問題だ。愚問過ぎる。いつから知っていようと、重要なのは破天荒が『知っていた』という事実。この一点のみだ。





破天荒は、ヘッポコ丸の気持ちを知っていながら、あんな酷な言葉を吐いたのか――?





そう考えた瞬間、言いようのない憤りが湧き上がってくるのが自分の中でハッキリと分かった。ヘッポコ丸の悲観も悲愴も悲嘆も側でずっと見てきた俺にとって、破天荒のあの言動は、ヘッポコ丸の全ての葛藤をただただ無碍に扱われたようにしか思えなかった。



もしも破天荒がヘッポコ丸の気持ちを知らず、いつもの口喧嘩同様としてあの言葉を放ったならば、「知らなかったのだから」と割り切ることも出来たのに…。




「でも、破天荒も後悔していたさ」




フォローするようにボーボボがそう呟く。




「自分が言った言葉がどれほど辛辣だったかちゃんと理解していた。そして、謝りたくとも、その時はヘッポコ丸に答えを示さなきゃならないと示唆していた。アイツは、今、葛藤してるんだ。自分の不甲斐なさを悔いて、呆れて、迷走してるのさ」
「…それでも、俺は破天荒を許せない」
「ソフトン」
「破天荒が後悔しているのであろうというのは察しがついていた。だが、だからと言って彼の言葉を許してやることは出来ない」





『どうして、アイツが好きなんだろう…』





そう言って涙を流していたヘッポコ丸。どうしてああも破天荒に恋い焦がれるのか、ヘッポコ丸自身も分かっていなかった。邪王は理解したいとも思っていなかった。だが、俺には分かってしまった。ヘッポコ丸がどうして破天荒を好きになったのか。あんなにも破天荒に恋い焦がれるのか。








――恋は、無い物ねだりから始まると聞く。自分に無いものを持っている相手が羨ましくなり、次第にそれを含む全てが自分に無いもののように思え、ひどく渇望する。始まりは、ただ相手の[なにか]をがむしゃらに求めるだけ。そこに『恋』や『愛』などの甘ったるく重い言葉は無い。



それが、次第に恋愛感情へと変化していく。求め続けるが故、自然と相手を目で追うのは当然の摂理。そして、始まりでは見つけられなかった新たな一面を垣間見る。それがプラスされ、初めてそこに『恋愛感情』が生まれる。無い物ねだりは、次第に無い物ねだりでは無くなっていくのだ。





ヘッポコ丸も、きっとそうなのだろう。自分には無い色々な要素を持つ破天荒を羨み、破天荒を眺める日々。その中で、きっとあの子は破天荒の意外な一面を垣間見たのだろう。それからは芋づる式だ。一つ良い所を見つけてしまえば、そこにしか目が行かなくなる。そして――恋の渦に、巻き込まれて落ちていく。





だから、ヘッポコ丸は恋い焦がれる理由が分からないんじゃない。自覚していないのだ。自分がそうして破天荒を好きになっていったことに。どうして好きなのか分からないまま――自覚しないまま――不鮮明なまま――苦悩していたのだ。


邪王が分かっていなかったのは、ヘッポコ丸の些細な心の動きを感じ取れなかったからだろう(あまりに小さな変化だったが故、だと思う)。それに、邪王はヘッポコ丸のように破天荒を眺め続けたわけではない。だから、破天荒の良さは『彼』には分からないのだ。…無論、俺にも分からないのだが(顔は悪くないとは思うが、な…)。





破天荒は、そんなヘッポコ丸の細やかな恋心を蔑ろにした。恋情を知っていながら、知らないふりをしていた。「大嫌いなんだ」などと、口走った。




「どんな理由があったにしても、破天荒のしたことは無視出来ない。許してやれない。ボーボボ、お前には悪いがな」
「…仕方無い、か…」




お前が一番、ヘッポコ丸の気持ちを汲んでやれているんだもんな。



ボーボボはそう呟いてまたコーヒーを口にした。それに倣い、俺もコーヒーを口に運ぶ。すっかり冷めてしまったコーヒーはただひたすらに苦く、小さく舌と喉を刺激した。






ボーボボ、そうじゃないんだ。俺は全くヘッポコ丸の気持ちを汲めてやれていないんだ。俺はただの中立でしかない。その役割すら満足に果たせていないんだ。知ったような口を利いていながら、俺は、何も知らないんだ――






――――






二人の話は、それっきり打ち切られた。あれ以上話を続けようと、解決策が見いだせないのはお互いに分かっていた。だからそれ以降、夕食の準備が整ったとの声が掛かるまで、俺達は微塵も二人のことを話題に上げなかった。本当に他愛ない話をして、疲れた体を休めるためにお互い軽い睡眠をとった。こうして昼寝をするのは一体いつぶりだろうか。




眠り始めて一体どれほどの時間が経過したのだろう。誰かに名前を呼ばれたような気がして、俺はゆっくりと目を開けた。視界に入った窓の外は鮮やかな夕焼けに染まっていて、もう日暮れの時なのだと悟った。




「ボーボボー、ソフトンさーん、夕食の準備が出来たみたいだよー」




コンコン、とリズム良く聞こえるノック音と、ビュティの声。どうやらわざわざ呼びに来てくれたらしい。


分かった、と外に居るビュティに返事をして隣のベッドで未だ寝こけているボーボボを揺すり起こす。しかしなんでセーラー服姿で寝ているのか…寝る前はいつも通りだったはずなのに。わざわざ着替えたのか? 相変わらずこの男はよく分からない。




「ふあ〜…なんだ、飯か?」
「そうらしい。行こう。…あぁ、ちゃんと着替えてからにしろ」
「あぁ、そういえばパジャマに着替えてたんだったか」




セーラー服がパジャマ…それは本気でそう言っているのかいつも通りのハジケでそう言っているのか。一体どっちなんだ。まぁ、素直に着替えてくれるあたりまだ良しとしようか。――そう、悠長に思案していた時だった。




『――ソフトン!!』




いきなり脳内に響いた声。今まさに危機に直面しているかのような、焦り一色の声。無論ボーボボではない。ボーボボは未だ着替えの最中だ。




『――助けてくれ!!』




また声が響いた。誰だ、一体誰の声だ?




『――早く! 手遅れになっちまう!!』




……邪王、邪王だ! 俺の脳内に直接響くこの声は、邪王のものだ!



なんだ、一体何があった? 俺は届くかどうかも分からないのに、脳内でそう問いかけた。




『――アイツが…ヘッポコ丸が…!!』





――ヘッポコ丸。





迂闊だった。邪王の声だと悟ったその瞬間に、ヘッポコ丸のことを考察するべきだった。こんな不確かなテレパシーのような伝達手段を用いている時点で、ヘッポコ丸自身に、何かが起こったことに至らなければならなかった――!





「ソフトン? どうした?」
「っクソ!」
「あ、おい、ソフトンっ!!」




『――×××号室だ! 頼む、早くアイツを…!』




なんなんだ、一体何が起こったというんだ! ヘッポコ丸の身に、一体何が降りかかったというんだ! 天の助は側に居ないのか? 邪王は、何を伝えたいんだ? 明確にしろ、邪王!





俺は廊下を全速力で走った。邪王が教えてくれたヘッポコ丸と天の助の部屋はそう遠くない。すぐに辿り着いた。俺は荒くなった息を整える時間すら惜しくなり、断りも無しにその扉を開けた。…否、開けようとした。


しかし扉は開かなかった。ノブすらも回らなかった。鍵が掛かっていたのだ。




俺は舌打ちした。誰かを呼びに行って扉をぶち破るか。いや、それではダメだ。間に合わなくなる。――何に?



考えている暇は無かった。俺は心の中でこの宿屋の主人に謝罪をしてから、身構えた。




「バビロン真拳奥義、ジャマイカの情熱!」




繰り出される数多の拳。連続的な打撃と衝撃に耐えられず、扉は呆気なく木材と化して部屋の内側に倒れた。




「ヘッポコ丸! 邪王! 天の助!」




部屋に飛び込んで三人の名前を呼んだ。しかし返事は無い。人影も無い。誰も居ないのだ。ヘッポコ丸も、邪王も、天の助も。おかしい、邪王は此処だと言ったのに…居ないはずは、無い。





――…サー――――。






静まり返った部屋に響く水音。それは途切れることなくひたすらに聞こえ続ける。その水音の正体はすぐに察知出来た。シャワーだ。部屋に備え付けられている簡易なシャワー室から、水音が断続的に聞こえているのだ。


シャワーを浴びているのか? そう思い無礼を承知で脱衣所を覗いてみたが、様子がおかしいのは一目瞭然だった。本来なら置かれていて当然のはずの着替え類が、一切置かれていないのだから。入る時に脱いだはずの服も然りだった。なのに磨り硝子の向こうからは未だにシャワーの音が聞こえているのだ。




――まさか。最悪の図が頭を過ぎった。杞憂であってくれ。そう願って、俺は勢いよくシャワー室の扉を開いた。













換気扇を回されていなかったらしいシャワー室の中は、濛々と立ちこめる湯気でいっぱいだった。しかしそんなモノはなんの妨げにもならず、開け放たれた扉から白く霧散しながら消えていく。






湯気が薄まり、俺の視界に飛び込んできたのは、沢山の赤、赤赤赤赤赤紅紅紅紅紅朱朱朱朱朱―――!!!!!






断続的なシャワー音。水の張られたバスタブ。その中をゆらゆら漂う赤色。水本来の透明さは、その赤色に徐々に侵食されていっている。そのバスタブに力無く寄りかかる矮躯。シャワーを浴び続けているその体はピクリとも動かない。バスタブに突っ込まれた腕が、赤色の発生源。何をしたのか――など、側に落ちている血塗れのナイフを見れば考察不要だった。




――腕を切ったのだ。ヘッポコ丸は、自らの命を断つために、刃を己の腕に滑らせたのだ。何度も何度も何度も。






「ヘッポコ丸―――!!!!!」


















――人生に教科書があるならば、どんなに良かっただろう。





さすれば、こんな悲しい哀歌を奏でる結果には、ならなかったはずなのに…。

























――――
泪さえ 凍てつく程
Kaggra,/冬幻境




→『涙』シリーズ第六話。恋は無い物ねだり諸々は栞葉の勝手な見解なので気になさらず。さぁ、絶望の末に起こってしまった[自傷]。このまま、二人の恋は幕を下ろしてしまうのか…?

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