「大好きとか愛してるって言葉はさ、ずっとずっと昔から言われ続けてたのかな?」
本を読んでいたへっくんがふとそんなことを言ってきた。その言葉に、僕も読んでいた本から顔を上げてへっくんを見た。へっくんは心底疑問に思ってるみたいで、可愛らしく首を傾げている。
「突然どうしたの?」
「ぅん、これ読んでたら、ちょっと考えちゃって」
これ、と言って示すのはへっくんがたった今まで読んでいた本。タイトルから鑑みるに、どうやらそれは恋愛小説のようで。
そういえばへっくんがそういう本を読んでいるのはとても珍しいと思う。なんたってこの子がいつも読んでいるのはバトルに関する本だとか歴史書だとか、僕だったらすぐに読むことを放棄しそうな小難しい本ばかりだったからだ。そういう恋愛小説とか、興味無いのかと思ってた。
「大好きとか、愛してるとか、俺達も当たり前に使って愛情確認をしてるけど、これって一体どれくらい昔からあった言葉なのかなって、そう思ったの」
「へっくん、僕には大好きとか愛してるとか全然言ってくれないじゃん」
「ばっ…そ、それはそれ! これはこれなの!」
「えー…」
何がそれでこれなのか良く分かんなかったけど、へっくんが赤くなって慌てふためいてるのが可愛かったからそれで良しとする。
「そ…それにさ、もしかしたら昔はちょっと意味が違ってたかもしんないじゃん? その辺りも興味あるんだよね!」
照れ隠しなのかなんなのか、話を無理矢理戻すかのようにへっくんは大袈裟に手で抑揚を付けてそう言った。元来のへっくんの性格上、一度気になったものはとことん追求しなきゃ気が済まないのだろう。無理矢理紡いだのであろう言葉だが、なるほど、僕にも頷ける部分はあった。
「まぁそうだよね。今と昔じゃあ言葉の意味合いも多少なりとも違ってたかもしれないもんね。それこそへっくんの言う通り、一体どれくらい前から言われ続けてるのかによっちゃあ全く別の形だったかもしれないしね」
時代は流れる。それは当然の摂理。そして時代の流れに沿って、言語もどんどん形を変えていく。それだって当たり前に起こること。僕達が今普通に使ってる言葉だって、もしかしたら百年後には衰退して無くなってるかもしれない。時代の流れってのは、そういうもんなんだと思う。
「もしかしたら、今僕がへっくんに大好きって伝えても、それは過去の人達からしたら、未来の人達からしたら、全く違う意味合いで解釈されちゃうかもしれないよね」
「う、ん…でも、たとえそうだったとしてもさ…」
俺がライスを愛してるのは、嘘偽り無い真実だから。
よっぽど恥ずかしかったのか、へっくんはそう言うと持っていた小説で顔を隠してしまった。だけど隠しきれてない両の耳は、可哀想なぐらい真っ赤になっていた。
そんな姿がすっごく可愛くて、何より愛してるって言ってくれたのがすっごく嬉しくて、僕は自分が持っていた本を放り投げてへっくんに飛びついた。
「へっくん!」
「ぅわっ! ちょ、ライス!」
「僕も、へっくんを愛してる事に嘘も偽りも無いよ。誰が何を言ったって、否定しようが笑い飛ばそうが、僕はへっくんに大好きと愛してるを言い続けるからね」
「ぁ…」
へっくんの目を真っ直ぐ見据えて、それこそ嘘偽り無く僕の想いを伝えたら、へっくんはまた真っ赤になってしまった。だけど残念ながら、小説本は僕が飛びついた時にどっかに行っちゃったから、朱色に染まったへっくんの顔を隠してくれる道具は何も無い。可哀想なぐらい真っ赤に染まったぷにぷにのほっぺたは、惜しげもなく僕の目の前に晒される結果になる。
真っ赤に染まったそこは林檎みたいに美味しそうで、僕はそこにねっとりと舌を這わせた。へっくんはビクリと体を震わせるけれど、抵抗はしない。
「…す、するの?」
「へっくんが嫌なら、僕は無理強いしないけど」
「……や、じゃない…」
良く出来ました。僕はへっくんの唇に深い口付けを落としてゆっくりと押し倒した。拙い舌の動きで応えてくれるへっくんは、相変わらず顔が赤いまま。いつまで経ってもへっくんはウブなままだもんね。
チュッと音を立てて舌を抜けば繋がる銀糸。ハァハァと荒れた息を調えてるへっくんの額に小さなキスをして、僕は囁いたんだ。
「ずっと愛してるよ、へっくん」
――――
ありきたりなこの言葉
シド/微熱