「零崎っ…!!」





あの瞬間を、忘れっぽいぼくですら、きっと一生、忘れることなんて、出来ないだろう。



















いつものぼくの部屋。四畳間の狭苦しい、生活感が欠片程にしか感じられないぼくの部屋。窓から差し込むのは眩しい程の橙色(真心、元気かな…なんてね)に光る夕日。窓の真下で壁に凭れるぼくの瞳には、夕日によって織り成されたぼくの影が映る。――皮肉にも生き残ってしまった、哀れな<無為式>の影が。







グルグルとかき混ぜられるは虚無感。




グチャグチャに乱されるは後悔。




フツフツと沸き起こるは無念。




ハラハラと剥がされていくは記憶。









「もしも生まれ変われたとしてもさ、俺なんかに会うなよ」




いつだったか、零崎はそんなことを言っていた。




気紛れにぼくの部屋にやって来ては極上の幸せを与えてフッと消えていく、暖かく冷たいぼくの鏡の向こう側で恋人であった零崎人識。あの言葉は、一体いつ、どんな状況下で放たれたものだっただろう…。




「…それは、また唐突だね」
「かはは、そうか? 俺はしょっちゅう思ってるけどな。もし生まれ変われるなら、自分の鏡の向こう側には会いたくねぇってよ」
「ふーん…」
「まぁでも、」





そう言葉を区切って、零崎はぼくの体を引き寄せた。そしてぼくの額に小さなキスを落として、いつもの極上の笑みを浮かべて、言った。





「恋人としてのいーたんになら、会ってやっても良いかもな」




なんとも腹の立つ上から目線な物言いだったけど、その言葉がとても嬉しかったのは確かだった。




六道輪廻とか魂の転生とか、ぼくは全くこれっぽっちも信じていなかったけれど、だけどもし、生まれ変われるなら――ぼくはまた、零崎人識に会いたいと、思ってしまった。





「…あっそ」




でもぼくは素直になれない天の邪鬼だから、零崎に与えた言葉はあまりに素っ気なくて可愛げの無いものだった。だけど零崎はそれでも満足そうに笑っていたっけ。






…あぁそうだ。あの後ぼくは零崎に抱かれたんだ。流されるように絆されて、酔わされるように溶かされた。零崎の、ナイフを操るにしては小さな手が、ぼくの身体を這って、愛撫して、愛してくれたんだ。






そして――抱かれたのは、その日が最後だったんだ…。





――あの言葉の裏に隠された想い。零崎の、想い。





「零崎…」




流れていくのは緩やかな時間。零崎が隣に居た時は早過ぎるとさえ思えた時の流れは…今は、ゆっくりゆっくりとしか進んでくれない。


あんなにも鮮明に覚えていた零崎の笑顔すら、その緩やかに流れていく時間にじわじわと削り取られ、霞んでいく。




「いやだ…ぼくから、零崎を奪わないで…」





自分の体を抱き締め、迫り来る忘却の渦から逃れようと足掻く。しかし、決して抗えないのが時間の流れというもの。きっとぼくはこうしてゆっくりと、零崎のことを忘れていく。大切な大切な、鏡の向こう側。唯一無二の合わせ鏡だった、零崎の存在を。




その彼が居なくなるなんて、ぼくは思いもしなくて――








『かはっ……たく、戯言だぜ…』
『零崎っ…なんで!』








――零崎は、ぼくの身代わりになって死んだ。殺し名同士の戦いに不用意に首を突っ込んだ、愚かなぼくの身代わりになった。





敵のナイフがぼくに向かって放たれた時、ぼくは死を悟り、それを受け入れるつもりだった。だけど零崎は、ぼくを助けた。








零崎の胸を容赦なく抉ったナイフの音は、ぼく達を繋ぐ鏡が砕けた音に相応しかった。








応急処置も間に合わない。深々と刺さったナイフはきっと心臓にまで到達していた。本来なら栓となるはずのナイフの隙間から、とめどなく零崎の血は溢れ出してきていた。




嫌だ嫌だと喚いたところで出血は止まらないし、零崎からはどんどん体温が失われていく。想像にもしていなかった鏡の向こう側の死。夢でも幻でもなんでもない、現実としてその事実はぼくを押し潰した。





『…じゃあ、な…いーたん……』
『ぁ……いや、嫌だっ! 嫌だよ零崎!! っどうして、どうしてぼくの盾なんかにっ…!』






皮肉にも、零崎が絶命したというのに、ぼくの瞳は渇いたままだった。涙の一粒すらも流せない、<無為式>のぼく。君は絶命の最中、涙を流していたというのに…。





ねぇ、その涙にはどんな意味があったの?



笑顔が素敵な殺人鬼だったくせに、最後に涙を流すなんてらしくないじゃないか。



一体どんな気持ちで、どんな想いがあって、どんな未練があって、零したものだったの?



君が流すくらいだったら、ぼくがせめてへの餞に、流してあげたかったのに…。







もっともっと、君の体温を感じていたかった。



もっともっと、君の笑顔を見ていたかった。



もっともっと、君の隣を歩いていたかった。







日常の中から零崎の気配が消えて、ぼくが抱くのは小さな違和感。そして――後悔。





「零崎…零崎、ぜろざ……っ、ひとしき…」




ごめん、ごめんね零崎…今更、君が居ないことを実感して受け止められなくて後悔の渦に飲み込まれて君を求めちゃってでも君の体温を感じる術なんてとっくに消え失せていてそれでも渇望しちゃうんだごめんごめんごめんごめん。ごめんね零崎…。





「いまさらっ…泣くなんて、許されないのにっ…!」




零崎の前では渇いたままだったくせに、独り取り残されたのだと理解した瞬間に零れ落ちる塩辛い雫。今更流したところで零崎には届かないのに。こんな風に泣いたって――零崎はもう、帰ってこないのに…。




「ごめん人識…ぼくは、やっぱり欠陥製品だよ…」




涙を拭って、息を一つ吐き出す。涙はあっさり止まってくれた。瞳も再び渇き始める。きっとぼくが涙を流すのはコレが最後。なんの生産性も意味も無いまま、たった一粒だけ流れて消えた涙が、ぼくが流す最後の涙だ。





『もしも生まれ変われたとしてもさ、俺なんかに会うなよ』





「そうだね、人間失格」





ぼくは、生まれ変わっても――






「お前に会うのだけは、ごめんだよ」






吐き出された言葉は、果たして戯言だったのかそうではなかったのか…それはぼくにも、分からなかった。


















essage
     or
        ou
(大好きだった鏡の向こう側よ)
(ぼくはまだ、生きてみるよ)











この小説はニコ動にある『ザレゴトメッセージ』を元に制作させていただきました(´ω`) 聴いたことある方は所々に引用されてる歌詞が分かることかと思います。



いや栞葉はですね、この曲が凄く好きなんです。歌い手様も大好きですしねo(≧∀≦)o 聴いたことない方は是非一度聴いてみてください! お目汚し失礼しましたー。






栞葉 朱那

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