零崎人識は、一般的な十九歳男児にしては身長は低い方だ。



ぼくも決して高い部類ではないけれど、平均的な身長だと自負している。故に、ぼくと零崎の間には大きな身長差が存在するのだ。





うん、この身長差はとても美味しい。いくらぼくと零崎の間に大きな力の差があると言えど、零崎のあの小ささだ。ぼくが上から覆い被さればどんな抵抗も微弱なものに変貌する。普段はナイフを振り回して人を殺して回る殺人鬼である零崎も、自分より背の高い者に覆い被さられた経験は無いだろう。…いや、あっても困るけど。



事実――





「やい欠陥! 一体なんの冗談だまだ昼間だぞ! 早くどかねーと殺して解して並べて揃えて晒すぞ!」




ぼくと床にサンドイッチされてしまった零崎は、ぼくの下で抵抗らしい抵抗が出来ず、唯一自由に動く口で物騒なことを吐くしか出来ずにいる。ぼくがガッチリ手を押さえ付けているし、足だってぼくの体が邪魔で上手く動かせないだろう。だから自由なのは口だけ。



零崎を押し倒すのは簡単だ。いくら殺し名序列第三位の零崎でも、信頼している人物――ましてやぼくは恋人なわけで――の前では警戒心を解く。ぼくはその信頼の証につけ込んで、堂々と真っ正面から体を押してやるだけで良い。身長に見合った体重しか無いであろう零崎は、ぼくが体重を掛ければあっさりと仰向けで倒れてくれた。


床に広がる色を抜いた斑な髪。驚きに見開かれた赤い瞳。押さえ付けた手首は意外にも細く、華奢なものだった。





ああ、なんとも言えぬ優越感。





「おいコラ欠陥! 聞いてんのか!? 言っとくがオレは昼間からヤる気はねぇからな!」
「聞こえてるよ零崎。そしてぼくは昼間から君を抱くつもりは無いよ。それとも、期待してたの?」
「なっ…!」





あっけらかんと言えば、零崎はみるみるうちに頬を赤く染めた。どうやらぼくのこの返答はあまりにも予想外だったらしい。右頬に刻まれた刺青ですらもうっすらと朱色が掛かってる。…うーん美味しそう。




「ヤる気は無いけど、その気にさせてあげようか?」
「かはは、戯言に聞こえねぇぜ欠陥製品」
「それこそ戯言でしょ人間失格。ま、嫌なら抵抗しなよ」




無理だろうけどね。ぼくはそう言って顔を寄せた。そして未だ赤みを帯びている右頬――正確に言うなら刺青にベロリ、と舌を這わせた。瞬間、ビクリと零崎は体を強張らせた。しかしぼくはそんなこと気にしない。尚も刺青に舌を這わせて、時折柔らかな頬肉に甘く噛み付く。そしてキスをして、また舌を這わせて――それを、繰り返す。




「ぅぁっ…ちょ、欠陥、やめろ…!」
「やだ」
「こんのやろっ……ひ、ひゃあ!」




お、可愛い声が上がりましたねー。そういえば零崎、耳が弱かったっけ。思い出しながら耳に息を吹き掛け、そしてわざと音を立てて舐め回した。ピアスごと耳朶を噛んであげると、面白いぐらいに肩が撥ね上がって甘い声が上がった。それが楽しくて執拗に歯を立てていると、零崎から甘い声に加わり弱々しい懇願が聞こえてきた。




「やっぁ…もうやだ…いーたん、もう、やめ…っ…」





表情と言葉が一致してないよ零崎。止めて欲しいならもっと嫌がってくれないと。そんな、言葉と裏腹にこれ以上の快楽を望むように見つめられたらさ、お人好しなぼくは叶えてあげちゃいたくなるんだけど。




…でも、その反面。





「分かった。止めるよ」




こうしてあっさり引き下がって、欲しているものを与えないっていうのも、楽しいと思う。お人好しでありながら、ぼくは時折無情な行いもする。だけどこれは零崎限定。こんな意地悪なぼくを見せるのは、零崎にだけ。



ぼくが簡単に要求を飲んでくれるとは思っていなかったのか、零崎は驚きに満ちた表情でぼくを見つめた。しかしその表情はすぐにどこか物足りなさそうなものへと変わった。察するに、あれ以上の刺激を求めているんだろう。





その気にさせたのはぼくだ。宣言通りに、だ。零崎は抵抗らしい抵抗を出来ぬまま、ぼくの策に――ぼくが与える快楽に、難無く溺れてくれた。





さぁて――どうする? 零崎。ぼくは君が望んだから止めてあげた。だけど君の本心は『止めてほしくない』『もっとしてほしい』だったはず。だけど君の性格上、それが素直に言えないのは分かってたよ。



戯言遣いのぼくは、君の表情で君が何を望んでいるかは分かる。だけどそれを実行には移さない。移してあげない。






君が素直にぼくを求めるなら――それに答えてあげよう。





「ぁ……い、いーたん…?」
「なんだい零崎」
「いや…あの、さ……やら、ないのか?」
「? 何言ってるのさ零崎。君は昼間からヤる気は無いんでしょ? ぼくにも無かったけどね。だけど、ぼくはちょっとした意地悪のつもりで君をその気にさせようとは思ったけど、残念ながらその気にならなかったみたいだし。それに、君が止めろって言ったから、ぼくは仕方なーく止めてあげたんだよ。良かったじゃん零崎。君の勝ちだよ」




よくもまぁ我ながらここまでスラスラと真逆な意見を述べられるなぁと自画自賛してみたり。さすがは戯言遣いであるぼくだなと再び自画自賛。ぼくってナルシストだったっけ?




しかしこのぼくの言葉を聞いて、零崎は悟るわけだ。――そう、零崎自身が望まなければ、続きは行われないということを。




既に零崎はぼくが与えた耳への刺激ですっかりその気になってしまっている。ぼくはそれが分かっていて、零崎に懇願を強制する。だってその方が楽しいし、可愛い零崎が見れるからね。





「いーたんのバカ」




ぼくはまだ雄弁だったけれど、零崎はそれを遮ってぼくを床に押し倒した。相変わらず頬は赤く色付き、赤い瞳も潤んでいた。




「どうしてもオレの口から言わせたいんだな。オレ自身に、お前に、抱いてくれって言わせたいんだな」
「なにを言ってるんだい零崎。君はぼくの悪戯に屈しなかったんじゃなかったの?」
「戯言もいい加減にしやがれこの野郎。すっげぇ不愉快だけど、この熱を下げてもらわなきゃ困るんだよ。もうオレ、お前のせいで色々限界なんだよ」




そう言って零崎は自分の下半身をぼくに押し付けてきた。僅かに、だが確かに熱を持ったそこが、ぼくを誘惑する。





「今回はオレが折れてやる。だから、早く抱いてくんない? いーたん」
「…仕方無いね。そこまで言うなら、抱いてあげる」




ぼくのその答えに満足したのだろう、零崎は嬉しそうに笑って、素早くぼくの唇を塞いできた。間髪なく滑り込ませた舌で零崎の舌を捕まえて、吸って、絡ませて、思う存分貪った。




「ハァ……あ…ふ、ぅん…」




実は零崎、キスが好きなのである。放っておいたらずっとずっとキスに没頭する。殺人鬼は肺活量も人間離れしているのか、なかなかギブアップしないのだ。だからいつもギブアップするのは残念ながらぼくの方。ぼくはそんな人外じゃないからね。



グッと肩を押せば離れる零崎の顔。お互いの舌を繋ぐ銀色の糸を絡め取って、今度はぼくから触れるだけのキスを送る。




「いーたん…早く…」
「うん、分かってるよ、人識」




仕込んだ種は簡単に芽吹き、ぼくの前で美しい花を咲かせた。その花を目一杯愛でるのが、ぼくの役目。ぼくの任務。






「愛してあげるよ、人間失格」
「おぉ、存分に愛せよ、欠陥製品」












美しく咲き誇れ
(どんなに美しい花よりも)
(君の麗しさには劣っている)








僕零リハビリ小説。 ど う し て こ う なっ た し \(^^)/

いや、当初の予定では『ほの甘』になる筈だったのですが、気が付いたらいーたんが人識を押し倒してたこれなんていうミラクル(明らかにお前のせいだろ)。でも書いてて楽しかったですよ。なんてったって零崎くんは『笑顔の素敵な殺人鬼』ですからね!(意味不)



こっそり瑠威ちゃんに捧げちゃうんだな(・ω|壁







栞葉 朱那

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