もうすぐ四月に入るというのに、相変わらず寒さは衰えを見せない。朝から降りだした雪を眺めながら、春が来るのはもう少し先かなぁとぼんやり考えた。世界は温暖化が進んでいるとぼやいているけれど、こうした時期外れな雪や寒さを目の当たりにすれば撤回したくなるんじゃないだろうか。事実、俺は世界が温暖化に蝕まれているなんてこれっぽっちも実感出来ない。冬は毎年厳しい寒さに見舞われるし、夏の暑さなんて近年同様にしか感じられないからだ。やっぱりメディアが大袈裟に騒ぎ立ててるだけなのかなぁと思ってしまう。




朝から降り続く強い雪により、景色はあっという間に美しい白銀に覆われた。ボーボボさんや首領パッチ、天の助や田楽マンは雪合戦をしたり雪だるまを作ったりと、雪をエンジョイしてる。


俺は暖房の利いた部屋の窓からその様子を時折眺めるだけ。雪が降ってちゃロクに修行は出来ないから、今日一日はずっと読めなかった本を読んで過ごすことにした。あの四人のように雪ではしゃぐ気分にはどうしてもなれないからだ。晴耕雨読、なんて言葉があるけれど、降ってるのは雨じゃなくて雪だから今の俺には当てはまらないなと考えて含み笑い。というか、晴れていても畑なんて耕さないけどさ。





そんな俺の隣には、恋人である破天荒が居る。珍しく首領パッチの誘いを断り、俺と同じく部屋に残ったのだ。珍しいこともあるんだなと問い掛けたら、




「俺は寒いのダメなんだよ」




と簡潔な答えを頂いた。破天荒は結構寒がりらしい。崇拝してる首領パッチの誘いを断るほどだ。よっぽど寒さに弱いのだろう。今だって備え付けの電気ストーブの前でぼんやりしている。きっとあそこから離れがたいのだろう。俺は電気ストーブから発せられる熱気によって暖まったこの部屋の空気だけで充分快適に思えるのだが、破天荒はそうじゃないらしい。何故なら、さっきから電気ストーブの前から一歩も動かないからだ。




「寒いのは分かるけどさ、あんまり当たりすぎたら逆上せるよ?」




あまりにも破天荒がその場から動かないため、俺はたしなめるようにそう言った。しかし破天荒は「おー」と気の無い返事をしただけで、全く状況は動かなかった。そんなに寒いのが嫌かこの二十四歳は。



その後も何回か注意を促したけれども返ってくる答えは全てが生返事。それに若干俺はムカついて、その腹いせに電気ストーブのコンセントを引っこ抜いてやった。貴重な動力源を断たれた電気ストーブは、当然ながらその機能を停止させるわけで。




「あっ! テメ、何すんだよ!」
「あんまり当たりすぎたら逆上せるって何回も言ってるだろ!? それでも言うこと聞かないから実力行使」
「ふざっけんな! 俺は寒いんだよ!」
「部屋は充分暖かいって! ストーブに当たりっぱなしだったからそう感じるだけだよ!」
「んなのどうでも良いからコンセント貸せ」
「断る」
「テメェッ…」




なんだこの頭の悪いやり取り。破天荒が必死すぎて逆に引くよ。普段はあんなにクールに気取ってる破天荒なのに、寒さが猛威を奮うとこうもバカになるのか。いや、首領パッチとつるんでる時もバカ丸出しだけどさ。これはそれとは全く違うバカさだ。小さい子が駄々捏ねるのと同レベルだ。



口角をひくつかせて、破天荒は俺からコンセントを奪うタイミングを伺っているようだった。そんなの図らなくたって、俺が破天荒に勝てるわけないんだから強引にでも奪い取ってしまえば良いのに。躊躇する理由なんて無いんだから。俺と破天荒が恋人同士であるという概念が存在したって、それによって甘さが生じるとは思えない。事実、破天荒は付き合い出してからも今までとなんら態度は変わらなかった。時折強引に、スキンシップをはかってくる程度だ(まぁそのスキンシップはセクハラに近いんだけど)。




しかし残念ながら、俺の気張った態勢は空回りに終わった。破天荒は無理矢理コンセントを奪うことはしなかった。どころか、ハァ…と一つ溜め息をついたかと思ったらそそくさとベッドに潜り込んでしまった。予想外な行動に、俺は目が点になった。




「…破天荒?」
「なんだよ」
「何してんの?」
「見りゃ分かんだろ。暖とってんだよ」
「あぁ、なるほど」




俺との数秒間の硬直状態の間の寒さにも耐えられなかったんだろうか。無理にコンセントを奪おうとすれば俺が抵抗して奪うまでにまた時間を要する。それならば、手短な暖房器具(?)にくるまっていた方が得策だと考えたんだろう。なんとも簡単な奴である。だったら最初から布団から出てこなきゃ良かったのに。……あ、ヤバい。朝食だからと嫌がる破天荒を叩き起こしたのは俺だったや。忘れてた。



なんにしろ逆上せる心配は無くなったわけだ。破天荒が布団で満足するならこのまま放置しておこう。俺は結論付け、コンセントをそこらへんに放り投げ、コンセントを抜くために放置していた本を拾い上げて腰を下ろそうとした。…けど。




「ヘッポコ丸」




名前を呼ばれて、振り返れば、布団の隙間から破天荒がコイコイと手招きしていて。「なんだよ」と問い掛けても破天荒は手招く一方で、俺は仕方無くよく分かんないままに手に取った本を再び置いて、破天荒の側に近付いた。……考えれば、これは罠としか言い様が無かったわけで。




「ぅわっ!?」




ベッドに近付いてすぐに、俺は破天荒に腕を掴まれてそのまま布団の中に引きずり込まれてしまった。意味が分からないまま、俺はしっかり破天荒の胸に押し付けられる形になってしまったわけで。


手招きされた時点で、こうなるんじゃないかって警戒しておくべきだった…。




「あーあったけー…さすがお子ちゃま。子供体温」
「ふ、ふざけんな! 離せよオッサン!」
「無理」
「無理って…ひゃっ!?」




理不尽な行いに抗議しようとしたところ、いきなり破天荒の掌が首筋に当てられた。引きずり込まれた時は服越しだったから分からなかったけど、破天荒の手はひどく冷たかった。信じらんない、あんな至近距離でストーブに当たってたくせに…!




「一人じゃさみぃんだよ。だから一緒に居ろ」
「ちょ、破天荒手ぇ冷たい! なんでこんな冷たいんだよ!」
「あぁ、俺冷え症なんだよ。言ってねぇっけ?」
「え、いや、初耳なんだけど…」




首筋にある破天荒の手に触れる。さっきまで暖房器具に当たっていたとは思えない冷たい手。氷みたい、とは言わないけど、本当に冷たい。俺は冷え症じゃないからよく分かんないけど、その知識ぐらいならある(伊達に本を読んでないよ)。



冷え症は病気とは扱われていない。不定愁訴の一種に過ぎないと言われてる。血液が上手く指先にまで回らない、所謂血行障害が主な原因らしい。しかし冷え症っていうのは女の人に多いって話なんだけどなぁ。確か男の人は冷え症になりにくいはず。……あぁそっか。




「破天荒って無駄に痩せてるからか」
「なんか言ったか?」
「ううんなんでもない」




そういう原因なら仕方無い。破天荒の手が暖まるまで、一緒にこうしてあげても良いかな、なんて思ったり。首筋から手を引き剥がし、俺の体温を分けてあげるつもりで、破天荒の手をギュッと握った。少しでも早く暖めてあげたくて、手を擦ったり息を吐き掛けたりした。それをしばらく繰り返しているうちに、手は少しホカホカしてきた。それにホッとしたのと同時に、俺はハッと気がついた。





――あれ、これって凄く、恥ずかしくない…?





普段自分から積極的に破天荒に触れられない俺なのに、今はそれを覆してしっかりと手を握っている。しかも、暖めるという名目のこの行為。考えてみればここまでやってあげる筋合いなんてない。いやいや寧ろ手を握った時点でなんかもう色々間違ってしまっているような…。





「おーい、なーに固まってんだよ」
「へぇっ!!?」




うわ、なんか変な声出た。俺どんだけ動揺してんの。つかどんだけ考え込んでたんだよバカみたい!




「御奉仕はもう終わりか?」
「ご、御奉仕ってなんだよ! オヤジみたいなこと言うな!」
「なんだよ、さっきまであんな真面目な顔して俺の手を摩ってたくせに」
「い、言い方が変態くさい! もう…知らないからな!」
「まぁ待てって」




小馬鹿にしたような破天荒の物言いにムカついて、それでいて羞恥心を擽られて、すぐに布団から出ようとしたけど、それを阻むようにスッポリと抱き締められてしまった。悲しいかな、体格差のせいで、抱き締められてしまったら俺は身動きが取れなくなってしまう。


やっぱ、八歳の差って大きいよなぁ…破天荒が無駄にデカイだけだろうけど。決して俺が平均より小さいわけじゃない。うん、絶対そうだ。俺まだ成長期だし。これからまだまだ伸びるもん。




「離せってっ」
「まださみぃんだよ。一緒に居ろ」
「そんなの知らないよ! 一人で布団にくるまってりゃ暖かくなるよ!」
「俺は早く暖かくなりてぇんだよ」
「我が儘言うなよ…」




服越しにじわじわと冷たさが伝わってくる。俺の努力はどうやらあまり意味は無かったようだ。少しだけ暖めただけじゃ、すぐに冷えてしまう。厄介だな、冷え症って。でも、破天荒はずっとこれと付き合ってきたんだよなぁ…。




「ハァ……分かったよ、一緒に居るよ」
「お、諦めたか」
「諦めさせる気満々だった奴が何言ってんだか」
「ハハッ、バレたか」
「バレるよそりゃあ。まぁそれはもう良いから、ちゃんと抱き締めてろよ」




言って、俺は破天荒の腕の中で無理矢理体の向きを変えた。真っ正面から向き合う形である。そしてそのまま、ギュッと破天荒に抱き着いた。ひどく気恥ずかしかったけれど、しかし離れたいとは思わなかった。




「破天荒に春が来るまで、俺が暖めてあげる。しょうがないからね。感謝しろよ?」
「………」
「……なんか言えよ」
「抱いても良いですか」
「死ね」




ふざけたことを吐かす破天荒の鳩尾に拳を入れてから、聞こえる呻き声を無視して俺は目を閉じた。二人分の体温で暖まった布団がひどく心地好くて…それに、すぐ側で聞こえる破天荒の心音がとても安心出来て。




知らない間に、俺の意識は静かに眠りの世界に堕ちていった。







「…生殺しじゃねぇかこのガキ…」




起きたらめちゃくちゃにしてやる、なんて破天荒の不穏な呟きは、俺の耳には届かなかった。




























――――
温もりをただ君に
Kra/Yell

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