短編 中身
□だれかに薬指を取られたの、
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式の始まりまであと15分−−
さっきまで女友達や親戚でにぎわっていた花嫁の待合室は私しかいなくて、とても静かだ。
目を閉じると、意識は10年前に飛ぶ。ポニーテールを跳ねさせて、応接室に通っていたあの頃に。
私が応接室に入るとまた来たの、なんて言うくせに、でも私を見る目とその口調は優しくて。
そして、ある冬の日に言われたのだ。
雪が外でしんしんと降った、暖かい応接室で。
「三浦。」
「何ですか?」
「こっち来て」
近寄ったら、腕を引っ張られて抱き締められた。そして突然のことに顔を真っ赤にしていた私の耳元で、確かに言った。
「好き。三浦が欲しい。」
心臓が止まるかと思った。
雲雀さんからそんな事を言われたのは初めてで、ただ何度も頷いた。
「僕のものになって」
それにも同じく頷いた。何度も。
それなのに、次の日に昂ぶる胸を抑えて応接室に入ると中はもぬけの殻で。
イタリアに行ってしまったらしかった。
私はただ泣くことしか出来なくて、何日も学校を休んだ。
だってそうでしょう?
あの言葉はきっとただ私をからかうための遊びだったのですから。
ひどい、ひどすぎる。
ただの戯れで言ったに違いない言葉は彼のあの時の真剣な目のせいで私の心に希望を残してしまい、結婚直前の今でさえその存在は確かなものだなんて。
ゆっくり目を開けた。
途端に目を見開く。だって、鏡に映っているのは彼−−−?
ばっと後ろを振り替えると、スーツ姿の成長した彼の姿。
「やあ」
「な、なんで…?」
近付いてくる彼に、声が震える。
何で?どうして今更?
どうして、今なの……?
傍ににじり寄って来た彼に腰をがしっと捕まえられた。
「は、離して下さい…!」
「どうして?」
当たり前のように言う彼に、この10年間の想いとか悔しさが胸に渦巻いて雲雀さんの胸を叩いた。たやすくそれを押さえる彼。顔を寄せてきたので顔を背けたけど、無理やり口付けられた。
「ん、…んぅ……ぃや……」
舌が私の口に捻りこまれ、私の舌と絡めようと口内を荒らす。
「…っはあ……はあ…」
やっと唇が離されたと思ったらまた雲雀さんが顔を近付けてきたので、その唇を手で押さえた。
「これから誓いをする花嫁になんてことするんですか!?」
「何言ってるの、父親の病気のための結婚のくせに」
憤る私をものともせず、事実を言ってのける彼に腹が立った。
手を振り上げて頬を張ろうとした。だけど何故か出来なくて、弱々しく降ろされた腕とともに私の体も崩れ落ちる。涙がぽろぽろ流れた。
「ちょっと……三浦……」
何故か急に狼狽えた様子の雲雀さんが同じようにしゃがみこんで、私の体を包んだ。
さっきみたいに振り払わなくちゃいけないのだけど、私の頭を撫でる彼の手が優しさに溢れているように感じられて、私はそれをする事が出来なかった。
「ごめん、こんなことして。10年前、君と心を通わせられただけでも十分って自分に言い聞かせてたけど… 」
「………」
「あの日から1日だって君のことを忘れたことは無いし、こんな気持ちになるのは一生君だけだって分かる。だけど僕はマフィアで君を危険にさらすかもしれないし、そんな目に合わせるよりは他の男と、って必死で考えようとしたけど本当に君が結婚するって聞いたら、いろんなものが噴き出して…相手の男が殺したいくらい憎くて、君に絶対に僕の傍にいて欲しくなって…」
真剣に、あの時みたいに目を合わせきた彼。
「三浦、愛してるんだ。僕と結婚して」
私はさっきとは違う種類の涙を流して、彼の背に手を回して囁いた。
「三浦じゃなくてハルですよ、恭弥さん」
私を抱いている彼の腕の力が強まった。
間違いない、今私は今までで一番、幸せ。
だって、本当に好きな人のお嫁さんになれたもの。
彼に抱きかかえられながら、教会を飛び出した。
→あとがき