短編 中身
□君だけだ
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「――――!」
帰ってきた夫のスーツをハンガーに掛けているときにハンカチは出し忘れてないかとポケットを探ったら、出てきてしまった。
女物の、ピアスが。
シャワーを浴びて、くつろいでいるとなんか違和感を感じた。
0.1秒で答えは出た。ハルがいない。いつもは僕がソファーに座るとハルが必ず隣に来てすりすりと体を寄せて来たり、ぎゅうっと抱きついたりして来るのに。そして僕は眉を寄せて露骨に嫌な顔をするのがお約束みたいになってるけど、実はその時間が結構好きだったりする。ハルが猫のように甘えてくる様子はかわいくて男としては守りたい、と思わせる何かがある。庇護欲をそそられるのだ。
なのに今日はハルが来ない。
先に寝てしまったのかもしれない。
そう思って寝室のドアを開けると、暗闇の中でベッドがこんもりと盛り上がっているのが確認できる。
僕が待ってたのに先に寝るなんていい度胸だね。
電気を付け、キングサイズのベッドに上がる。
「ハル、」
呼び掛けると布団がもぞもぞとしたから多分起きてるのに、顔を見せない。
苛立ちを覚えながらも布団を剥ごうとすると、押さえつけて抵抗してきた。しかし、ハルのか弱い力じゃ大した抵抗にもならなくてすぐに布団はハルの体から離された。それでもまだうつ伏せになってかたくなにこちらを向こうとしない彼女の顔を苛立ちを通り越して半ば呆れながら覗きこむと、驚くことに涙で頬を濡らしていた。途端に心拍数を増す僕の心臓。どんな敵だろうと倒せる自信はあるけど、僕はハルの涙には弱い。
「ハル、どうしたの?」
体を起こさせて抱き寄せようとすると、ハルが身を捩らせて僕の手を払った。
「触らないでください、恭弥さんなんて大嫌い!!」
新たな涙を流しながら、言い放ったハル。
ショックで動けない僕の体。
動揺しているようにみえる恭弥さん。でも、そんな顔したってハルは騙されませんから!!
「恭弥さんのバカ!浮気者!!
」
「は?」
しらばっくれたって、だめですよ!!
「ハルは毎日家で恭弥さんの帰りを待つしかなくて、それでも恭弥さんが好きだから出張が続いても文句なんか言わないで我慢してるのに、ひどいです! う、浮気なんてして!! 他の人が好きなら、何でハルじゃなきゃ駄目なんて言ったんですか!? もう、恭弥さんなんて嫌いです!!大っきら…っ!」
強引に唇を奪われたせいで最後まで言えなかった。
こんなので誤魔化されたくないと背中を叩いたりもがいたりするが、一向にやめる気配はない。
結局ハルが酸欠でぐったりしてしまうまでキスは続いた。
「ハァ、ハァ……」
少しは落ち着いたかな。
「僕が浮気って何?説明して欲しいんだけど」
ジタバタ暴れるハルを無理矢理抱き締めながら聞く。
そう、説明してほしい。
僕は浮気した覚えなんて無い。というより、ハル以外の女に興味が無いからするはずがない。
そう言うと、ハルがキッと目の前に突き出してきたピアス。
「これで言い訳はできないでしょう?」
そう言うハルの目がだんだん潤んでいくのに焦った僕は何かそのピアスに関する記憶を探す。
どことなく下品な印象を受ける大振りのピアスは最近見たような気がする。
「あ、」
思い出した。
昨日、アジトにいた同盟ファミリーのボスの愛人のだ。
ボスが居ないところで僕が無視し続けたのにも関わらずしつこくベタベタしてきたから、いらついて乱暴に体を引き剥がしたら尻餅をついて騒いでたみたいだったし。すぐ立ち去ったから知らないけど。(基本的に僕はハル以外の人間には容赦無い。)
腹いせにポケットにピアスを入れたんだろう。
「まぁ、今すぐにでも沢田にでも聞けば僕とあの女が初対面だということを知ってるしこの事実が証明されると思うけど。」
説明し終わった僕がハルの顔を覗きこむと、ハルもやっと笑顔を見せて抱き付いてきた。
「ごめんなさい、恭弥さん!!
ハル、勝手に勘違いしちゃって…ほんとにごめんなさ――」
「それよりも嫌いっていうあの言葉、撤回して欲しいんだけど。」
ハルに拒絶されたのはかなり応えた。
「恭弥さん、愛してますよ」
うん、あとは。
――ドサッ
ハルを押し倒す。
「今夜は覚悟しなよ。」
「きゃ、恭弥さん、何を!?」
彼女の首筋に舌を這わせながら言い放つ。
「お仕置き。」
これくらいしなきゃ、割に合わない。
→あとがき