mement mori (オリジナル小説)※現在更新停止中

□三
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_佐上駅 エントランス_
佐上駅は、いつも人で溢れている。
霊ではなく、人で溢れている・・・。
「・・・そう、そう。この前武志のやつが・・・」
「えぇ〜、マジムカつく。・・・」
「・・・おい、てめぇさっきからなんなんだよ!」
「‼す、すいません!」
「・・・えぇ〜今なら二匹セットで五千八百円!
五千八百円ですよ!これ、買わない手はない。
こんな若い霊が二匹で五千八百円なんて、もう投売りですよ!」
まさに、人ごみ、人ゴミ。
「う〜む、佐上駅内にて待つと言われても、
佐上駅は広いからのう。はて、どこに居られるのやら」
八兵衛が首を傾げる。
慌てて俺は思考の渦から抜け出す。
「ねぇ、めいちゃん。やっぱり帰らない?
きっとただのイタズラだよ」
少し井上の顔色が悪い。それもそうだ。
ここ最近佐上駅の治安は最悪に近い。
井上は、特に何もしなくても、周りの気を引く容姿をしている。
それ以上は言わなくてもいいだろう。
・・・本来、佐上市の顔となるべきここが、こんな状態なのは、その余裕すら無いということだ。
「心配すんなって。お前が酷い目にあったって、
誰も悲しまねぇよ」
いやいや、岩崎。いくらなんでもそれは酷いって。
ほら、井上泣きそうだよ、瞳うるっうるだよ。
「大丈夫じゃよ。その様な容姿では、男など寄せ付けまい。まして、あれなことなぞあるわけなかろうて」
おいおいおうおい。八兵衛君。寄ってたかって君までそんなことを。
確かに君の生きていた時代では、今とは美意識の感覚がちがうのかもしれんが、今の人間から見れば充分可愛いよ、井上。
「・・・・・・うぅ、・・・えぐっ。・・・」
あ〜あ、終わりだ。
桐山駆霊所唯一の良心である、郡山が背中をさすってやっているが、しばらく井上はこのままだろう。
「はぁ、やめだ、やめ。お前等帰るぞ。
それと、岩崎、八兵衛。後で・・・」
「ぎぃいぃぃやぁあぁぁあっっっっ!」
言葉が悲鳴のような物で掻き消された。
ざわざわ、人々がざわめく。
なにが起きた!?

エレベータ付近に人が群がっていた。
冷静になろうと務めるが、歩みは早くなっていく。
「すいません、道を空けてください」
言葉とは裏腹に、強引に人を押し退けていく。
理解されるより早く、押しつぶすように、針に糸を通すように。
道が開けて見えた光景は見なれたものだった。
何処かの会社の制服をきた女性が、床に膝をついて、項垂れていた。
口からは唾液が垂れ、眼は開ききっている。
どうみても、正気とは思えない。
そして、僅かだが、彼女の体からは半透明のなにかが、はみ出していた。
「・・・・・・うそ。・・・またなの?」
井上は、いまこの女性がどうなっているのか知っている。
これからどうなるのかも知っている。
「・・・仕事、出来ちまったな」
岩崎は、井上とは反して落ち着いている。
「わしのことならよい。存分にやれ」
八兵衛も落ち着いていた。しかし、俺には不自然に落ち着きすぎているように、見える。
「・・・・・・」
郡山の表情がいつもより硬い気がするのは、気のせいだろう。
俺は?・・・わからない。
「これより駆霊を開始する。お前等、降りたければいつでも降りろ」
誰も降りる者はいない。
そのことが、少し悲しい。

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