桔梗と龍
□桔梗と龍
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「今日は幾分涼しいな」
書状に筆を走らせる手を止め、晴れ渡る空を見上げると吹き抜ける風に初秋の気配を感じる。
「客人の到着が遅れてるようですね」
部屋の隅で控えていた半次郎が静かに口を開いた。
「暇ではないと言っておるのに、いつもこの私を待たせる」
そう言うも久し振りの京は私を懐かしくさせて。
「京の町も久し振りだ」
半次郎は笑みを浮かべて「はい」と頷く。
「時がたつのは早いものだな」
大政奉還、王政復古、江戸城無血開城…。
この三年間は本当にあっと言う間だった。
世の中は明治と新たな年号になり、戊辰戦争も昨年やっと終結した。
新国家建設の基礎も固められ文明開化に花を咲かせ初めようとしている。
「半次郎もいい加減洋装に慣れたらどうだ」
そう言えば着流し姿の半次郎は照れ笑いしながら
「洋装はどうもまだ慣れません」
と頭を掻く。
全く不器用な男だ、と笑みを浮かべて私は立ち上がり、庭に降り立つと吹く風を全身で感じながら懐かしい香りに心地よく目を閉じる。
慌ただしい毎日の中でこんな一時は本当に久しぶりで、私の心を満たしていった。
すると誰かが走る足音が響き、目を開いて音の方を見やれば年の頃三つくらいの子供が庭を走ってくる。
「おおくぼっ!」
そう言った子供は私の足にしがみつくと満面の笑みを向けた。