†蝶の夢†
□アネモネ
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「恭弥、お前の婚約者から花が贈られていたよ。向こうはお前を気に入ったようだな」
男性が、自身の娘に声を掛ける。
しかし、その娘はいっこだにしない。
「知らないよそんなの!婚約者って言っても、勝手に父様が決めたんじゃないか!顔も知らない相手に気に入られても嬉しくも何ともない!今度言ったら咬み殺すよ!!」
チャキ、と幼い女の子には似合わない銀色のトンファーを構える。
幼い恭弥に合わせて作られたもので、武器を構えて鋭く睨むその姿に、男性―恭弥の父親―は愛らしさしか感じない。
「ああ!!可愛いな恭弥!流石麗香(れいか)の娘だ!」
「ちょっ、離しなよロリコン!」
「父さんはロリコンでもいい!!恭弥限定だけどな!」
「ちょっとは人の話を聞いたらどうなの!」
抱きついて、さらに頬をすりよせようとする父親を必死で引き剥がそうとするが、がっちりと抱え込まれてかなわない。
「こ、の…っ!」
そこで恭弥は最終手段を使うことにした。
幸い、父親がしゃがんでいるため、的は低い位置にある。
ゲシッ!
「ぐっ」
痛みに呻く父親を見て、恭弥は自業自得だよ、と鼻を鳴らす。
恭弥が蹴ったのは男性の急所。子供の割に力強い一撃を加えた恭弥は、父親をそのままに自室へ帰ろうとする。
「ま、待て恭弥!」
「待たない」
バタン
音を立てて応接間から出ていった娘の名前を父親は情けなく呼んだ。
「きょ〜や〜…っぐすん」
「…旦那様。お嬢様の婚約者の方がお見えになりました」
「!」
部屋の隅に控えていた執事が告げると、急所の痛みも忘れ、恭弥の父親は飛び起きた。
「何、本当か!?」
「はい。既に別の部屋にお通ししています」
「わかった。すぐに行く、案内しろ」
「は」
こちらです、と先導する執事に父親はついていった。