†理王の願い†

□新米魔女と半獣少年
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 爽やかな風が木々の間を吹き抜ける。それに合わせて木の葉が鳴り、小鳥達の軽やかな歌声と共に穏やかな森に響き渡ってゆく。
 この広い森のほぼ中心には、岩で造られた円がある。森の力が集まるとされる神聖な場所だ。それ故に普通の人間は滅多に近付かないのだが、そこに一人の少女が立っていた。クセの強い琥珀色の髪に、大きな琥珀色の瞳。小柄で幼い顔立ちだが、歳は十四、五だろうか。しかし普通の少女ではない。黒に橙色のリボンをあしらったとんがり帽子と黒いマント。手には細い杖と古びた本。
 少女は魔女だった。
 眉間にシワを寄せて本を読んでいた少女は、顔を上げると本を閉じた。そして杖を一振りすると、よく通る声で、歌うように呪文を紡ぎ出す。すると、空中に光が弾け始めた。光は徐々に強まり、渦を巻く。そして、少女が杖で指し示した熊のぬいぐるみへと集まり始める。だが、ぷしゅんという情けない音と共に、光は消えてしまった。
「あ…あ〜あ…また失敗だよ」
 少女はガックリと肩を落とし嘆息する。熊のぬいぐるみを犬のぬいぐるみにするだけの単純な変化の魔法なのに、なかなか上手くいかない。これでは、また森の小鳥達に笑われてしまう。
 いや、もう笑われているのかもしれない。先ほどから様子を伺っていた小鳥達が、楽しげにさえずり始めた。
 落ち込む少女の名は綱吉。魔女と言っても、最近見習い期間を終えたばかりの新米だ。今日は森の力を借りて、苦手な変化系魔法の練習に励んでいたのだが、どうも上手くいかない。
「クロームはこういうの得意だったのになぁ」
 修行仲間でもあった友人を思い出す。今は街一つ隔てた森に住むクロームは、変化系や幻術系が得意な器用な女の子だった。
「俺、あんまり細かいの苦手だし、もうちょっとぱぱっと掛けられるのがないかなぁ…」
 そんなことを言っているから駄目なのだろうが、細やかな手順がいる魔法よりも、強い魔力がいる魔法の方が得意なのは確かだ。強力なものの方ができるかもしれないと、本をめくる。
「あ、これがいいかな」
 変化系の魔法なら初歩から上級者向けまで網羅されたその魔導書の後半に、ちょうど良さげなものを見つけて試してみることにした。解呪に特殊な方法が必要らしいが、掛ける相手はぬいぐるみ。熊が犬になったままでも、大した問題ではない。
「よしっ、いくぞ!」
 気合いを入れて呪文を唱え始めると、光が弾けた。今度は上手くいきそうだ。そう思った時、足元に何かがすり寄ってきた。

 え?なに…

 チラッと下を見ると、普段から可愛がっている子ぎつねが居る。嬉しいが、今はちょっと危ない。気を逸らしてはいけないと再びぬいぐるみに集中するが、そこに親ギツネが飛び出してきた。どうやら何かに驚いたらしい。よく見ると、向こうに誰かが歩いている。

 こんなとこに誰?

 滅多に来ない人間がやってきたことに興味が湧き、綱吉の意識はそちらへと向いてしまう。
 その人間は綱吉よりも少し年上で、サラサラな黒髪にキリッとした綺麗な顔立ちの少年だった。森に一番近い村の住人とは明らかに違う雰囲気に、綱吉の興味は益々強まる。
 しかし、それがいけなかった。魔法の対象がぬいぐるみから、その少年へと向かってしまったのだ。
「あっ…ああ、しまっ…」
 気付いた綱吉はなんとか軌道修正しようとしたが、時すでに遅し。
「そこの人!逃げてー!!」
 叫んではみたが、一度仕掛けられた魔女の術から逃れることはかなり難しい。準備万端で迎え撃つのならともかく、こんなにいきなりではまず無理だろう。
 綱吉はこの時初めて、自分の魔法が失敗すればいいと思った。だが、こういうときに限って上手くできてしまうものだったりする。
 案の定、魔法は失敗することなく、光の渦が少年を包み込む。
「…あ〜……やっちゃっ…たぁ」
 光の渦が静まり消えてゆく。しかしその場所に少年の姿はなく、黒い犬…というよりは黒い狼と人間、その中間くらいの姿の半獣が立っていた。





「ごめんなさい!すみません!!ワザとじゃないんです!練習をしていて、本当はそこのぬいぐるみを変えるつもりで…もうなんとお詫びすればよいのか…」
 綱吉は半獣へと姿を変えてしまった少年に、平謝りしていた。ワザとではなかったとはいえ、大変申し訳ないことをしてしまったと反省する。
 当の少年は不思議そうに、黒い毛で覆われ、鋭い爪が伸びている自分の手と、綱吉を交互に見ていた。
「ふぅん、君は魔女?」
「は、はい!まだなったばかりの新米でして、すみません。未熟者で…」
「これ、顔はどうなってるの?」
「へ?あ…ちょっと待ってください」
 こんな事態だというのに、なんだか落ち着いた人だなぁと思いながら、綱吉はポケットにあった手鏡を取り出し少年に渡した。
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