†蝶の夢†
□アネモネ
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雲雀侯爵家、第二応接間にて。
優雅に出された紅茶を飲んでいた男は、近づいてくる足音と気配に、カップをソーサーに置いて立ち上がった。
ちょうどそのタイミングで、この部屋の扉が開く。
「待たせて申し訳ない、琥珀殿」
「いえ、こちらも急にお邪魔しましたので。お気になさらないでください、雲雀侯爵」
慌てきたのだろう。しかし態度には微塵も出さず、雲雀侯爵は詫びをいれる。
そのことに内心感心しながらも、男、琥珀は自身も非があると苦笑した。
「して、今宵は何用でこちらに?」
琥珀の反対側の椅子に腰掛け、雲雀侯爵は問いかけた。
「いえ。特にはないのですが」
琥珀は曖昧に笑う。
「それでしたら、娘を見ていかれますかな?自分で言うのもなんですが、可愛らしいものでしてな」
娘自慢になりかけた侯爵の言葉にも、琥珀は首を振る。
「いえ。今はやめておきます」
訝しげな侯爵から視線を外し、琥珀は紅茶に手を伸ばした。
(今はまだ時じゃない…時が来れば、すぐにでも結婚したいんだけどね)
一方、部屋に戻った恭弥はというと、
部屋に入るなり、ボスン、とキングサイズのベッドにダイブ。
そしてそのままベッドに置いてあるウサギのぬいぐるみを抱えて丸くなる。
(ムカつく…勝手に婚約なんかして)
ぎゅう、とぬいぐるみを抱く腕に力が籠る。
(いつもそうだ。いつの間にか決められる)
生まれてからこのかた、恭弥は自由に何かをすることがあまりなかった。いや、できなかったのだ。
この国、ボンゴレ王国の侯爵家に産まれてしまったのがいけなかったのかも知れない。
―国を治める、ボンゴレ王家と王を補佐する6侯爵家は、吸血鬼の血族であった。
その一つ、雲雀侯爵家に生まれた恭弥もまた、吸血鬼である。