†理王の願い†

□新米魔女と半獣少年
4ページ/12ページ



 綱吉の胸に不安がよぎった。森には熊や狼などの肉食獣も住んでいる。その獣達は、森の管理者でもある魔女は襲わない。その綱吉が言い聞かせてあるので、人間も滅多には襲わない。でも今の雲雀は半獣だ。その辺、微妙なのではなかろうか。
「どうしよう。あんまり深く考えてなかったけど、襲われてたら…」
 最悪の事態を想像してしまった綱吉は、慌てて家を飛び出した。もう暗くなった森の奥へと走り出そうとしたその時、落ち葉を踏む音が聞こえて足を止める。
「雲雀さん!」
 森の闇から分離するように、黒い毛並みの雲雀が現れる。無事な姿に、綱吉は心から安堵した。
「良かった〜!どこに行ってたんですか?心配したんですよ」
「心配…なんで?」
「なんでって…あっどうしたんですか!?それ!!」
 雲雀の手から血が滴り落ちている。
「ああ、これ?ちょっと切っただけだよ」
 ヒラヒラと振った手のひらには、数センチの傷がパックリと開いていた。
「ちょ、ちょっとじゃないですよ!すぐに手当てしないと…本当にどうしたんですか?」
「うん、強かったからね彼。でも勝ったよ」
「彼?」
 こんな森の奥まで誰か来たのだろうか。
「大きなヤツだったよ」
「大きい?」
「うん、大きな熊」
「へぇ…………って、ええ!?」
 半獣とはいえ、変わったのは姿だけだ。身体能力は人間のままのはずなので、雲雀自身が元から熊を倒すくらい強いのだろう。
「なんか方耳が欠けたヤツだったけど」
「方耳って…まさか!」
 相手が熊だということにも驚きだが、方耳の熊と聞いて、綱吉は更に驚く。
「熊五郎さん!?」
「クマゴロー?…名前付けてるの?」
「熊五郎さんはこの森で一番強いんですよ!」
 雲雀はその一番強い熊に勝ってしまったのだから驚きだ。
 しかし、おかしいなと綱吉は思う。その強さに反して熊五郎は優しい。いくら半獣でも、無闇に襲うようなことはないはずなのだが…
「やっぱり彼が一番強いんだ。戦いを挑んで正確だったな」
「あなたから仕掛けたんですか!?」
「ああ、咬み殺したけど殺してないから大丈夫だよ」
「それって違うの!?いや、それよりなんでそんなこと…」
「言ったよ。この森は僕のものにするって」
「あ〜…はい。言ってましたね」
 本気だ。この人は本気なのだと改めて思い知らされる。何故こんな辺鄙な場所にある森が欲しいのか気になったが、今は手当てが先だ。
「とにかく、先ずはちゃんと消毒しないと…これ、治癒魔法の方がいいのかな?でも…」
「いいよ。普通で」
「はい」
 治癒魔法は便利だが、あまり使いすぎると人間が元々持っている治癒力を減退させてしまう。なので緊急の場合以外はあまり使いたくないのが本音だ。
「じゃあ、中に入って待っててください」
 綱吉は大急ぎで治療の道具を取りに走った。
 治療を終えてから、ちょっと冷めてしまった夕食をとる。
「雲雀さん。食べ難くないですか?」
「ん、大丈夫」
 怪我をしたのは利き手だ。しかし雲雀は、あまり問題なく食べている。やっぱり器用な人だなぁと綱吉は感心した。
「あの〜ところで雲雀さん。訊いてもいいですか?」
「うん、なに?」
「雲雀さんはなんでこの森が欲しいんですか?」
 この質問。もしかして嫌がられるかとも思ったが、やはりどうしても気になった。
「ああ、拠点が欲しかったんだ」
 雲雀は嫌がる様子も見せず、あっさりと話してくれた。
「拠点…ですか?」
「うん。僕は元々ここよりだいぶ東の方に住んでいたんだけど…」
 雲雀は東方の、ある領主の跡取り息子だったのだが、領主を継ぐのが嫌で家を出てきたらしい。
「…ようするに、家出?」
「違うよ。元から僕を縛るものなんてないんだよ」
「でも、ご家族は心配してるんじゃないですか?」
「心配するような家族関係じゃないからね。君には分からないかもしれないけど…」
 他人である雲雀の心配までするような綱吉には、家族の心配をしないなんて信じられないことだ。
「まあ、それからは強そうな相手を咬み殺しながら旅をしていたんだけど…」
「いやだから、何故咬み殺すんですか?」
 それは外せないとこなのか。かなり好戦的な人なのは分かっていたが、ここまでくると趣味の領域だ。趣味が咬み殺す…それはどうだろう。
「自由なのはいいんだけど、フラフラしてるのは性に合わないらしくてね」
 それでどこかに居を構えようと思った雲雀だったが、どうせなら一人になれるところが良いと目を付けたのがこの森だった。
「魔女と戦ってみるのも一興だと思ったんだ。もっとも、聞いていたのは有名な大魔女ってことだったんだけど…」
 居たのは、間違って人に魔法を掛けてしまうような、新米魔女だった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ