†理王の願い†

□新米魔女と半獣少年
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 こんなことになっても怒らないし、雲雀さんて優しい人だなぁ。

 半獣にしてしまったのは申し訳ないけれど、それが雲雀で良かったと綱吉は思い始めていた。
「で、解呪の方法は?」
「あ、はい。え〜とですね」
 綱吉は魔導書をペラペラと捲りながら、解呪について書かれたページを探す。
「ああ、これだ。え〜……え?」
 それはすぐに見つかったのだが、読むにつれて綱吉の顔が青ざめていった。
「ねぇ、なんて書いてあるの?」
 綱吉の様子に嫌な予感がしたのか、雲雀の声も少し硬い。
「雲雀さん。恋人…いますか?」
「は?」
 それはあまりにも唐突な質問だった。半獣の表情は分かり難いが、雲雀は呆気に取られているに違いない。
「いますか?」
「そんなのいないよ。でもなんでそんなこと…」
「じゃあ、今すぐ作りましょう!早く作りましょう!」
 とんでもないことを言い出すが、これは解呪の方法と関係があるのだろう。
「それ、なんて書いてあるの?」
「ふぇ!?い、いや…その…あっ、ダメ!」
 なかなか言い出せない綱吉から、雲雀は魔導書を取り上げる。
「ふぅん、これかな?」
 自分に掛けられたら魔法に関する記述を見つけ、読み始めた雲雀だが、その瞳がどんどん剣呑なものに変わってゆく。姿が姿だけに、それが余計に怖くて、綱吉は縮こまった。
「…なに、この胸くそ悪い解呪方法」
「す、すみませんー!!」
 雲雀が胸くそ悪いと言った解呪方法とは、姿を変えられた者を愛する異性とのキス。というものだった。
 気まずい空気が部屋に流れる。綱吉は青ざめたまま、今にも泣きそうだった。解呪の方法によってはすぐに無理なものもあるので、多少の覚悟はしていたが、これはかなり変わった解呪方法だ。他のやり方も必死で考えたが、すぐに思いつくはずもない。
「まあ、いいか」
「…へ?」
 涙が浮かんできた瞳を大きく見開く。今、雲雀はなんと言っただろうか。
「あ…え?いいかって?」
「うん、別にこの姿のままでもいいかと思って、食べたり飲んだりするのも慣れたし」
 何を言っちゃてるのだろうかこの人はと、綱吉はあ然とする。
「で、でもでも、その姿じゃ人前に出るのも大変ですし…」
「ここに住むんだから問題ないよ」
「は?すむ…」
 またまたとんでもないことを言い出した。
「元からそのつもりだったんだ。住んでいる魔女を咬み殺して、森を僕のものにするつもりで来たんだよ」
「な…な…なぁ!?」
 驚きすぎて、叫びしか出てこない。確かに、こんな森の奥に何をしに来たのかは気になっていたが、そんな恐ろしい理由だとは夢にも思っていなかった。
「か…か…か…」
 咬み殺されてしまうのだろうか。綱吉は今度こそ本当に泣きそうだ。
「ああ、大丈夫。君は咬み殺さないよ。クッキー美味しかったから、他の料理も期待できそうだからね」
 それは料理人…いや、使用人としてここに置いてやるということなのだろうか。
「あ…あの、でもここはっ…ひゃ!?」
 咬み殺す発言からなんとか立ち直り、反論しようとした綱吉の頬に冷たい何かが当たる。それは雲雀の鋭い爪だった。
「まさか、こんな姿にしておいて嫌とは言わないよね」
 雲雀が笑った。それは半獣に相応しい凶悪な笑みだ。
 逆らってはいけない。綱吉は本能的にそう感じた。魔女である彼女ですら恐怖する強さを、雲雀は持っている。
「わ、分かりました!いくらでも居てくれて構いません!」
 涙目でコクコクと頷くと、雲雀は頬から手を離す。
「そう、じゃあこれからよろしくね。綱吉」
「は、はい〜!!」
 優しい人だと思ったのに、どうやらとんでもない人にとんでもない魔法を掛けて、ここに引き入れてしまったらしい。
 今まで静かだった生活に現れた波乱。綱吉の心は不安でいっぱいになった。





 いったいどれだけ、こき使われるのだろうか。
 そう思って戦々恐々としていた綱吉だったが、雲雀との生活は意外にも快適だった。
 雲雀は自分のことは自分でする人で、それどころか綱吉が細々とやっている家庭菜園やハーブ園の手伝いから力仕事までサクサクとこなしてくれる。綱吉が雲雀のためにやっていることといえば、料理くらいのものなのだが、それもまったく苦にはならない。一人分が二人分になっても大したことはなかったし、自分が作ったものを美味しいと言って食べてくれるとやはり嬉しかった。そして何より、一人で食べるご飯よりも、二人で食べるご飯の方が美味しいのだ。
「雲雀さーん。お夕飯ができましたよー」
 今日も楽しくご飯を作り、雲雀を呼ぶ。いつもならすぐに来るのだが、今日はしばらく経っても姿を現さない。お昼過ぎに森の奥へと出掛けたまま、まだ帰って来ていないらしい。
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