†理王の願い†

□新米魔女と半獣少年
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「ワォ、凄いことになってるね」
 フサフサで艶やかな黒毛に覆われた狼のような頭部に、少年は驚いてはいるものの、声の調子はむしろ楽しげだった。興味深げに、ピンッと立った耳を引っ張ってみたりしている。少し変わった人だが、パニックにならないでいてくれるのは有り難い。
「とにかく、解呪してみますから…」
「解けるの?これ」
「えーと、本当は特殊な解呪方法が必要らしいんですが、なんか中途半端に掛かってるみたいだし、もしかしたら普通の解呪でもいけるかもなんで…」
 綱吉がイメージしていたのは犬だ。たが、少年の姿は完全な犬ではないし、元々持っている性質が関係しているのか狼っぽい。これは少年が魔法に対して、高い耐性を持っている可能性を示している。そういった人間は、ちょとしたきっかけで魔法が解けてしまうことがよくあるのだ。
「で、では、いきます!」
「うん」
 綱吉は解呪の魔法を唱え始める。掛けた時と同様、光が弾けて渦になり、少年を包み込んだ。やがて光は薄れて、その中から現れた少年は…
「あ、ああ…」
 変わらず半獣姿だった。
「変わってないね」
「はい、すみません!もう一度やらせてください!」
 この後、綱吉は五回ほど解呪魔法を繰り返したが、一向に解ける様子はなかった。
「ねぇ、もう無理なんじゃない?」
「…はい」
 綱吉はガックリとうなだれる。できればこれで戻って欲しかったが、特殊な方法でなければ駄目らしい。
「その特殊な方法ってそんなに面倒なの?」
「…たぶん」
「たぶん?」
 綱吉は持っていた魔導書を見せる。
「これは上巻で、解呪とかは下巻に書いてあるんです」
 下巻は家にある。今から取ってきても良いのだが、半獣になってしまった少年をここで待たせておくのは気が引けた。
「あの、ご迷惑を掛けておいて図々しいんですが、良かったら家まで来て貰えませんか?お茶くらいは出せますし」
「家って、この森の中にあるの?」
「はい、ちょっと歩きますけど…あ、もしかして何か急ぎの用が?」
 こんな森の中に、何の用もなしに来る人間がいるだろうか。だとすれば、とんでもない足止めをしていることになる。綱吉は申し訳なさすぎて、またごめんなさいと頭を下げた。
「いや、それは急ぎじゃないから別に構わない。行くよ。君の家」
「そ、そうですか?あの、じゃあこっちです」
 自分の家に少年を案内する。半獣姿とはいえ、男の子を家に招くのは初めてなので、ちょっと緊張した。
「あ、そういえば、まだ名乗ってもいませんでしたね。俺、綱吉っていいます」
「ふぅん、綱吉ね。僕は雲雀だよ」
「雲雀…さん?」
 綱吉はちょっと笑いそうになった。だって、半獣の姿なのに名前が小鳥と同じなんて、なんの冗談だろうか。しかし、その雲雀を半獣にしてしまったのは自分だ。笑いと共に罪悪感もこみ上げてくる。そう、早く元に戻さなければならない。ちょっとだけ緩みかけた口元を引き締めて、綱吉は家へと急いだ。





 綱吉の家は静かな佇まいの石造りで、森に溶け込むように建っていた。
「ここ、君の他に誰か住んでいるの?」
 玄関前で、雲雀は家を見上げる。中から人の気配は感じないが、よく見ればそれなりの広さがあり、女の子一人で住むような家ではない。
「一人ですよ。でも一年くらい前までは母と、あんまり帰ってこなかったけど父が住んでました」
「今は居ないの?」
「それがですね…」
 一年前。綱吉が魔女修行を終えて家に帰ってくると、父と母は娘にこの家と森を譲り渡し、世界一周旅行に出掛けてしまったというのだ。
「ひどいですよね。娘を置いて…」
 そう言う割にはあまり酷いという口調ではない。仕方ないなぁという感じからすると、仲の良い親子なのだろう。
「さあ、どうぞ。あまり綺麗なとこじゃありませんが…」
 綺麗なとこじゃないと言ったが、キチンと掃除はされている。石造りとはいっても、家具や小物は木造が多いようで、暖かみがある居心地が良い家だった。
「こちらにどうぞ」
 雲雀を一番日当たりの良い部屋に通して、母直伝のハーブティーと手作りクッキーを出す。
「あの、お口に合うか分かりませんが、これでも食べて待っていてください。俺、本を持ってきます」
 綱吉は書庫へと向かった。向かいながら、そういえばあの口でお茶やお菓子が上手く食べられるのか、あの手でカップをちゃんと持てるのか不安になる。
「あ〜…あった!これだ」
 大急ぎで本を探し出し部屋に戻ると、雲雀は器用にカップを持ってお茶を飲んでいた。クッキーも何枚か減っている。どうやら器用な質らしい。
「お待たせしました」
「うん、このクッキー美味しいね。君が作ったの?」
「え?は、はい!俺が作ったんです。お口に合って良かったです!」
 思わぬ褒め言葉に顔が緩む。
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