桜草

□君を見送ったあと
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大っぴらに会うことは、滅多にない。
色々といらぬ誤解を招きかねないし、お互いの立場がそれで危うくなってはもっと困る。何よりも、正確に俺達の関係を悟られてしまうのが一番困るから、いつも逢瀬は月のない夜だった。
人目を忍んで会う、恋人同士。響きだけ聞けばロマンチックだけれど、実際は別れがつらくて仕方がない。

「・・・珍しく弱気じゃねぇか。」
「珍しくもないさ。いつも思ってる。」

お前、無茶ばっかりするから。
努めて平静な声で言った。でも、目の前の彼の服を掴んだ手は、どうしようもなく震えて。
目をつむれば思い出す。リング争奪戦の時、血に塗れて瀕死の状態だった彼を。
本当に・・・いつだって、無茶ばかりで。
そしてそれを、さも当たり前のように考えているのだから、残される方はたまったものじゃない。

「なぁ、何で・・・」

何で、そうなんだ?
怖くないのか?悲しくないのか?
残されたやつがどんな気持ちかなんて、考えたことないだろ?
追いかけたくても追いかけられなくて、いつも待つしかないんだ。
すぐに音信不通になるから、行方を探すのだって一苦労で。
怪我したって、こっちが気付かなかったらまともに手当てすらしない・・・

「・・・怖くはねぇなぁ。悲しくもない。この生き方だって、変える気なんざさらさらねぇ。」

子供のような俺の言葉を黙って聞いていた彼は、顔を上げない俺の背中に手を回してぎゅっと抱きしめる。
生身の腕と変わらずに動く義手は、こうしていると分かるくらい、少しだけ固い。
かすかに漂う血の匂いは、返り血ではなく彼のもの。他人の血が体についているときは、彼は決して俺に触れないから。
そんなところだけ、気が回る。

「・・・寂しいんだ・・・お前が、いなくなると、いつも。」
「どうせすぐに会えるだろうがぁ。」

わずか、ため息混じりの言葉には、普段の彼からは想像もできないくらいの優しさがにじみ出ている。
俺にだけ向けてくれる、この声が俺はとても好きでとても弱いんだけれど。
でも、今日だけはこの声にごまかされたくはなかった。

「・・・俺を置いていって、・・・平気、なのかよ。」

女々しいセリフを口にすれば、耳元で彼の呼吸が一瞬止まる。
俺は自分で言った言葉が気恥かしくて、今度は顔の赤さを隠すためにうつむいたけれど、彼はそんな俺の耳元で、彼らしくもない小さな声で呟いた。

「・・・平気なわけ、ねぇだろ・・・」
「・・・え・・・」

途端、耳のあたりにあった熱が下がって彼の顔が肩口に埋められた。
普段あまり見下ろさない銀髪が、目の前でさらりと揺れる。
背中に回っていた腕の力はますます強くなって、少し痛みを感じるくらいだったけれど、それが気にならないくらいに彼の言葉が意外だった。

平気なんだろうと、思っていたのに。

「・・・俺は、お前のところに帰ってきてやる。」

「昔、そう、言ったはずだぁ。」

掠れた声が紡いだ言葉に、遠い日の記憶が鮮明に脳裏に浮かぶ。
まだ、お互い、今よりも自由に会えていた頃に。
確かに、そんな約束を交わした。

あぁ、そうか。
・・・お前はずっと、

「覚えてたのかよ・・・」
「・・・忘れるか、テメェとは頭の出来が違うんだぁ。」
「はは、何だよそれ・・・」

笑いながら、嬉しくて、嬉しすぎて、頬を温かいものが零れ落ちる。
顔を上げた彼はそれに気づくと、生身の方の手で俺の顔を少し乱暴に拭った。
離れて行こうとする手に手を伸ばして、冷たい手を頬に添える。

「・・・待ってるよ。」

ずっと、ずっとだ。
俺はお前と一緒には行かないけれど。
きっとずっと、待っているから。

「だから・・・」

帰ってきて。
そう続けようとした唇は、彼の熱に塞がれる。

俺の癖毛をゆるゆと梳いていく彼の手も、触れた部分から伝わる熱も、離れた刹那、俺を見る切れ長の瞳も。
その全てを記憶にとどめて、俺は今日も君を見送る。




<FIN>

title by:ふりそそぐことば

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