勿忘草

□蜜色に誘う月
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一人、夜空を見上げる。
地上から見上げるよりも近い月は、それでもまだまだ遠くて、それはまるで。

俺とあいつとの距離を示しているようでもあって。

「・・・辛気臭い顔してるじゃない、竜の旦那。」

いつからいたのか、背中からかかった声は、少しだけ常のものよりも低い。
城の人間をはばかってか、それとも俺と会っているからなのか分からないが、その声が俺は好きだ。
・・・余裕そうなその声音が、焦りを含んだ切ない声に変わる瞬間もまた。
ゆるりと振り向いて、警戒心を解いた柔らかな表情を見せる男を見やる。

「二人の時はそれは止めろって言ってるだろうが・・・佐助。」
「あは、そうだったね、ごめん・・・政宗。」

自分の名前を呼ぶ響きに、途端に熱を持つ体。
こんなにも己の名前が特別に感じる時が来るとは、全く想像もしていなかったけれど。

悪くない、と笑みを漏らせば、こいつは少し不思議そうな顔をすると静かに俺の隣に座った。
忍装束のまま、籠手と兜だけを外して、襟元を緩めて月を見上げて目を細めた佐助は、下ろした髪も相まって僅かに幼く見える。
その一見ごわごわとした橙色の髪の毛に指を絡めれば、驚くほどにするりと指通りよく手が滑った。

「政宗は俺に触るのが好きだね。」

くすくすと笑みを漏らす様子は、真田なんかはきっと見たこともないだろう。
自分だけが知っている姿に満足感が生まれるとともに、至近距離で僅かに見える素肌が欲を誘う。
誘われるままに口づければ、俺よりも慣れた様子で返してくるこいつが、若干腹立たしい。
そんな俺の思考回路なんかお見通しだというように、佐助は婀娜っぽく口元を上げて、

「年季が違うよ。」

なんて、生意気なことを言い出すから。

「ほざいてろ。」

俺も同じように笑い返して、後はそのまま・・・落ちていくだけ。




朝になれば、城の人間が起きだす前に、こいつはさっさと帰っていく。
月が落ちる間際、暁にも満たない夜明け間際に。
いつ会える、なんてことはお互い言わない。
言っても約束が果たされる確証はないのだから、会える時に会うというのがお互いにとって最も楽な方法だ。

本当はもっと楽な方法があると、知ってはいるけれど。
俺からは決して言わないし、佐助も決して言うことはないだろう。

それは、それだけは決して告げてはいけない。

だから、

「・・・佐助、」

引き寄せて唇を落として、絡み合う視線に確かめる。




会えるのなら、俺はいつまでも、この不自由を続けよう

だが、もしも、どちらかの枷が外れてしまったなら。

そしたら、その時は・・・




俺はお前に、決して告げてはいけないことを、告げるかもしれない




<FIN>

title by:ふりそそぐことば

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