勿忘草

□戸惑う想いの先にあるもの
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・・・納得がいかない。

「そういう訳で、こっちの事情はあらかた理解してくれたと・・・聞いてる?」

器用に片眉を上げていぶかしげなこいつは、どう見たって男だ。
お前それで本当に忍べるのかというようなド派手な迷彩柄の衣装に包まれた体は細いが筋肉質で、今は腰にぶら下がっている大手裏剣を軽々と操る手はしなやか。独特の化粧がされた顔は精悍で、たおやかや儚さとは無縁の面構えだ。実際、普通に着物を着て城下を歩いていれば、女が引きも切らずに声をかけてくるだろう。
つまりは、こいつは男なのである。
どこをどう取ってみても、男らしい魅力に溢れたいわゆる「いい男」なのである。
なのに。
それなのに・・・

「・・・納得いかねぇ。」
「はぁ!?何が?まさかうちの旦那を速攻で連れてこいとか言い出さないよね?」
「あー・・・違う、そっちじゃねぇ。それは理解した、納得した。真田の仕事の出来なさはそんなに予想外じゃねぇから驚いてねぇ。」
「だったら何が納得いかないのさ?」

二人きりなのを良いことに思い切り砕けた口調のこいつは(小十郎がいると多少は敬語になる)、軽く首を傾げて俺の返事を待っている。
その、そんな些細な動作に、俺の奥でどくりと心臓が騒ぐ。
真田とやりあっている時なんかとはまるで違う、落ち着かなくて煩わしい、顔に出さないように抑えるのに死ぬほど苦労するこのざわめきは。
いくら否定しても、いくらあり得ないと己の中で打ち消しても。

「ちょっと竜の旦那ー?答えないんだったら俺様帰っちゃうよ?」

ホントは別の仕事もあったのに旦那のせいで来る羽目になってさー、今頃は四国にいなくちゃいけないはずなのにー。
ぼやくこいつに答えないまま、尚もじっくりと考える。
俺だって男だ。普通に美人を見れば心惹かれるし、性的欲求もそれなりにある。
そして繰り返そう、目の前のこいつも、男だ。

どんなにその動作が一々心臓に響いても、声が頭蓋を震わせたとしても、切れ長の瞳に目を奪われたとしても。

なのに、あぁなのに。

「だーんーなー?」

ひらひらと手まで振って見せるこいつに、俺はついに耐えきれなくなって口を開いた。

「・・・Do you love me?」
「は?」

思わず英語で聞いた自分がチキンだということは認めよう。
だが、口にした瞬間、まるでプロポーズでもしたかのように、一気に耳の中を血流が音立てて流れ始めて。
勢いよく目をそらせば、ポカンとするあいつの顔が頭から離れない。

ショート寸前の思考回路が「どうせ通じちゃいないんだからとっとと気を落ちつけろ」とわめいているけれど。

「・・・旦那、とりあえず言葉の意味が分からないのはあれとして、何で顔赤くしてる訳?」
「・・・放っとけ。」
「あー、はいはい。放っときたいのは山々なんだけどさぁ・・・」

やれやれ、という言葉が聞こえてきそうな口調とともに、至近距離に顔が現れて、ポンポンと頭を軽く撫でられる。

「うちの旦那が女の子に絡まれた時みたいな顔になってるよ?」

意外と表情豊かだよねぇ、竜の旦那。
小さく笑った顔は、いつも崩さない俺への警戒心をどこかに置き忘れたかのように無防備で。
撫でてくる手は、ひどく優しくて。

促されるように、今度こそ言葉が溢れだす。

「・・・お前が好きだ。」

目を丸くして、あいつが面白いくらいに凍りつく。
そして見る見るうちに、まるで先程までの俺の表情を映すかのように、頬が紅潮して耳まで赤くなった。

人間というのは不思議なもので、どんなに自分が落ち着かなくても相手が慌てていればある程度は平常心でいられる。

俺も例にもれず、(文字通りに)顔色を変えたあいつの様子に、今まで保てなかった落ち着きが戻ってくるのを感じた。

「なぁ・・・佐助。」
「・・・ていうか旦那、何言ってるか分かってる?俺様男だよ?旦那ってそっちの人だったの?」
「いや、normalだ。」
「だ、だったら何で俺様?あ、そうか、からかっ「からかってる訳ねぇだろうが。」

動揺を隠し切れていないあいつの手を掴んで、互いの距離をほぼ無いに等しいまでに縮めて、どこからこんな余裕が出てくるのか分からない程に。
熱に浮かされている自分を自覚しながら囁く。

「男相手に冗談仕掛けるほどcrazyじゃねぇよ。・・・お前が好きだ、猿飛佐助。」
「っ・・・」

ぎゅっと口を引き結んだこいつの体が、唐突に煙となってかき消える。
黒い煙が消えた後には、カラスの羽が一枚だけ落ちていた。当然、奴の姿はない。

だが、否定された訳でもない。

それなら、ちょっとは期待してもいいってことだろう?

残された羽をつまみ上げてキスを落とすと、俺は笑った。




<FIN>

title by:ふりそそぐことば

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