ブック13

□たった一度の
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例えば、歩く歩幅をさりげなく合わせてくれたりする所。
例えば、名前を呼ぶ時の声に含まれた艶の色っぽさ。

わたくしを見つめる瞳に映る熱や、微笑んだ時の柔らかい表情。


それはすべて自惚れなのでしょうか?
だったらそう言ってほしい。

言われたら言われたで辛いでしょうけど、貴方の優しさにときめいて期待してうのもまた辛いのです。




「ラクス、散歩行ってくるね」

「はい、いってらっしゃいませ」


ラクスは洗濯物をたたんでいたのを一旦中止して、キラに手を振る。
良く晴れた清々しい青空の今日は絶好の散歩日和だろう。

しかしキラはうん、と頷いて動かない。
躊躇うようにラクスをうかがって、何かを迷っているようだ。


「…キラ?どうかしまして?」

「あ、いや…、うん。なんでもない」



ごめんね、と曖昧に笑ってキラはラクスに背を向けて歩き出す。

その背中を不思議そうに眺めて、ラクスは急いで洗濯物をたたんだ。
キラの挙動が気になる。
後を追いかけようと、ラクスは洗濯物を所定の場所に閉まって慌ただしく家を出た。




「キラ!」


ゆっくり歩いてたらしいキラの姿をラクスはすぐに見つけた。
ラクスの声に、キラは弾かれたように振り向いて目を見開く。
追い付いて、肩で息をする彼女の背中に手を添えた。


「ラクス!どうしたの?」

「なんだかキラの様子が気になったものですから…」

「…そっか」


キラは小さく呟く。


「ありがとう、ラクス…」


呟いたキラの顔が嬉しそうに、でもどこか切なそうに微笑まれたのを見たラクスは、そっと手を伸ばした。

伸ばした手はキラの頬を包む。


「…キラ、何かありましたか?」

「……」


ラクスの問いにキラは目を細めた。
彼女の背中に添えた手を外し、頬に伸ばされた華奢な手をそっと剥がす。


「キラ?」

「ごめん」


何かを堪えるように「何でもないよ」と、笑うキラ。
そんな風に言われて、素直にそうですかと頷ける人など何処にいようか。


「キラ…」


キラに剥がされた手でスカートを強く握った。


「あ、せっかくだから一緒に散歩しよっか」


そう言いながら、キラは振り返って歩き出す。
ラクスは顔を曇らせてその背中を見つめた。


(この頃の貴方は、どこか遠い…)



かけられる声は柔らかく艶っぽく、向けられる視線は熱っぽくて。
その指先は優しく、労るように、どこか力強く触れてくる。


おなじきもちだと思う時もあるけど、貴方の心に触れさせてくれない。



「…………」

「ラクス?」


着いて来ないラクスを不思議に思ったキラが振り返る。


「キラは何を考えているのですか?」

「え?」

「わたくしには、今キラが遠くに感じるのです。
…貴方は確かに此処にいるのに、貴方の心はどこかに閉まってあるみたいです」


キラが目を見開いた。
この時ラクスはうっすら瞳に涙が浮かんでいた。


「キラが望むものは何ですか?
わたくしは、はっきりキラを求めてるのに、貴方は何も言ってはくれません」


浮かんだ涙がいっぱいにたまって、ポロポロと頬を伝う。


「優しくされたら期待してしまいます!中途半端に拒否するくらいなら、
わたくしなど、いらないならいらないと言ってください…!」


両手で顔を覆って、まるで子供のように泣きじゃくるラクス。
キラはたまらず、勢いに任せてラクスを強く抱き締めた。

キラの胸の顔をぶつけたラクスは驚いて涙が引っ込む。



「…キラ?」

「ごめん、ごめんね」

「…謝って、ほしくありません!」
「うん、ごめん。
…なんて、言ったら良いのか…」


ラクスをぎゅっと抱き締めて、キラは目を強く瞑った。


「…ラクスがいらないわけない、いらないはずがない。
僕だって本当は君を……、求めてるんだ。
……でも、」


キラの腕が震える。


「…愛し方が分からないんだ」

「……?」

「ラクスと出会った時からずっと、僕は君の優しさに甘えてきた…。
でも、甘えてすがって、君を傷付けることが、恐い」


恐い、とキラが泣きそうな声で告げた。
ラクスは胸がぎゅっと締め付けられた様に、切なさを感じた。


「間違えたくない。ラクスを失うことが恐くて…
それなら、今のままでいたほうが楽だって思ったんだ。
…それが結局君を傷付けてしまったんだね」


本当にごめん、とキラはラクスの肩に顔を埋める。
彼女を抱き締める腕の力が増していく。
細く華奢なラクスの身体。
こんな風に強く抱いたら彼女が苦しくなるのに、止められない自分はやっぱり相手を思いやれていない。

悲しくなったキラの背に、そっと小さな手が添えられた。



「どうしてわたくしが傷付くと思うのですか?
貴方に求められて、こんなに嬉しいのに」


ラクスの言葉に、キラは腕の力を緩めて相手の顔を見る。

ラクスは嬉しそうに、優しく微笑んでいた。


「わたくしはキラに求められて幸せです。傷付くはずがありません。
もし、何か間違うことがあったとしてもやり直せば良いじゃありませんか?」


目を細め、慈しむ様にキラを見るラクス。
その表情は、いつかの、自分の出生を知り涙を必死に堪えていたキラを優しく解してくれた時の笑みに似ていて…


「人はやり直せるのです。
…そしてわたくし達は、やり直すことが出来るのですから」



あの時、キラは思ったではないか。















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