ブック13

□Ring
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「帰って来てくださいね、わたくしのもとへ」


指輪と共に、告げられた言葉はキラの心を強く締め付ける。
エレベーターの稼働する音と、ドクンドクンと強く騒ぐ胸の音がやけに耳についた。


「…うん」


短く頷く。キラにとってそれが精一杯の応え。
その応えに目の前の、真摯にキラを見つめる聡明な彼女は納得しないだろう。
空を切り取ったように蒼い瞳が不安そうに滲んで、それでも涙は出なかった。


目的地に着いたエレベーターのドアが開く。
キラは軽く地を蹴り、エレベーターから出ようとした。


「―――キラ!」


思い詰めたような切ない声が背中にかかる。


―彼女は気付いている。
キラの、世界のために己の命を掛けて戦う覚悟を。
もう戻って来れないかもしれない、でもそれでも良い、彼女たちの未来を守れるなら。自分はどうなっても構わない。

誰にも気付かれないよう、そっと秘めていたのに。


キラは顔を歪めた。
自分の覚悟が鈍りそうになる。
これ以上彼女の傍にいると、どうしても帰りたいと願ってしまう。


 
キラは出来る限り自然に微笑み、彼女を振り返った。
今にも涙が溢れそうに潤んだ瞳、儚げな顔に、キラを癒してくれるいつもの柔らかな笑みはない。
不安に押し潰されそうな小さなただの少女。



(約束なんて、出来ないけど)


その彼女の白い頬にキラは唇を寄せた。
そして名残惜し気に離れ、最後になるかもしれない言葉を紡ぐ。


「ラクスも気を付けて」


身を翻し、今度こそキラはエレベーターから出ていく。
後ろからキラを呼ぶ声が聞こえたが振り返らなかった。
指輪を固く握り締めて、彼女が託してくれた力の元へ駆けた。












「キラ」


月が高く昇り地上を照らす。
子供達が寝静まった頃、テラスには漆黒の夜空を彩る星々を眺めていたキラに涼やかな声がかけられる。


「ラクス」


振り向いたキラの瞳がいとおしげに細められた。
そこにいたのは空を切り取ったように蒼い瞳の彼女―ラクス。


「そろそろお休みにならないと。目の下にクマが出来てしまいますよ?」


ラクスが柔らかく微笑んで、首を傾げる。


「うん、そうだね。
…あのさ、ラクス。ちょっと、思い出してたんだ」

「?」


 
「ラクスからこの指輪をもらった時のこと」



チェーンを引っ張って、それに通してあった指輪を掲げる。
あの時手渡されてから、肌身離さず持っていた。


「あの時は、ラクスとこんなに穏やかな時間を過ごすこと、考えもしなかった」


「……キラ」


キラの言葉に、ラクスは複雑な面持ちになった。
あの時の、切ない気持ちが胸に蘇る。


「あの時は約束してあげられなくて、ごめんね?」

「…いえ、もう良いのです。…だってキラは今ここにいてくださいますから」


ゆるゆると左右に首をふる度に、淡い薄紅色の髪が舞う。
柔らかくて、仄かに甘い香りがするラクスの髪がキラは好きだった。

キラはラクスの頭を数回撫でると、自分の首にかかっていたチェーンから指輪を外し、ラクスの指にはめる。


「今更だけど、返すね」

「…え?…」


ラクスの瞳に困惑の色が浮かぶ。


「だって僕はもうどこにも行かないから」


キラは微笑んだ。
それは無理に作ったものではなく、心からの、優しい柔らかな笑みで。
ラクスの瞳が、今度は驚いて見開かれる。



「ずっと、ラクスの傍にいるから、もう離れたりなんか出来ないから」



 
指輪はラクスに返す。
それがなくとも、彼女のもとに自分は必ず帰るから。



「ずっとこれからも、ラクスは僕の帰る場所でいてくれる?」

「………キラっ」



大きな瞳が涙で潤む。
嬉しそうに目を細め、ラクスは頷いた。













Ring


キラが返した指輪は、ラクスの左手薬指にはめられていた。









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