ブック5
□いまはむかし
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「ナナリー?」
「!」
遠い過去に思いを馳せていたせいか、背後に迫っていた気配に気付かず、ナナリーは肩を震わせた。
「ごめん、ナナリー。驚かせちゃって」
「いいえ、大丈夫です、スザクさん。私のほうこそ、ごめんなさい。ぼーっとしてたものですから…」
心底申し訳なさそうなスザクの声に、ナナリーは慌てて首を振った。
「…何か、考え事?」
「いえ。……昔を思い出していました。8年前の、三人で遊んだ頃のことを」
「……………そう」
少しの沈黙のあと、たった一言だけ返ってきた。
会話が繋がらず、二人はただ黙って目の前に広がる穏やかな景色を見つめる。
ナナリーにその景色は見えない。けれど、以前スザクから聞いたことがあった。
ここは、アリエスの宮殿にとてもよく似ていると、ユーフェミアが話していた、と。
だから、ナナリーの脳裏にはかつてルルーシュとユーフェミアと三人で笑い合ったあの場所の景色が浮かんでいる。
―スザクがくれたあの桜の枝は無くしてしまった。
―大好きだったユーフェミアは、もうこの世のどこにもいない。
―誰よりも愛していたルルーシュも、ナナリーの傍にはいない。生きているかも、はっきりと教えられていない。
記憶の中には、愛しくて楽しくて、暖かなものがたくさんあるのに、
今、現在、ナナリーの大好きだったもの達はどこにもない。
ユーフェミアと同じくらい大好きなスザクがいるのに、すぐ側にいてくれるのに
彼が遠く感じて仕方ない。
もう戻れないと知っている。
諦めることは必要だと、ずっと前に理解していた。
守られてばかりではなく、
自分も大切なものを守れるようになりたい。
きちんと歩いていきたい、未来へ。
ちゃんと向き合いたい、大好きな人達と。
そう、思うのに。
たくさんの大切なものをなくしたこの世界より、
過去に、愛に溢れていた昔に戻りたいと願ってしまう。
「…ナナリー。ミス・ローマイヤーが探していたよ。そろそろ戻ったほうが良いんじゃないかな」
「…ええ、わかりました。」
ナナリーはゆっくりと車椅子を動かした。
スザクの横を通り過ぎ、建物の中に消えていく。
誰もいない通路で、ナナリーは顔を覆った。
たくさんのものがなくなり、
世界は目まぐるしく変わっていく。
そしていつか、自分自身さえも変わっていく。
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