ブック5

□いまはむかし
3ページ/3ページ











「ナナリー?」


「!」



遠い過去に思いを馳せていたせいか、背後に迫っていた気配に気付かず、ナナリーは肩を震わせた。


「ごめん、ナナリー。驚かせちゃって」

「いいえ、大丈夫です、スザクさん。私のほうこそ、ごめんなさい。ぼーっとしてたものですから…」


心底申し訳なさそうなスザクの声に、ナナリーは慌てて首を振った。


「…何か、考え事?」


「いえ。……昔を思い出していました。8年前の、三人で遊んだ頃のことを」




「……………そう」


少しの沈黙のあと、たった一言だけ返ってきた。
会話が繋がらず、二人はただ黙って目の前に広がる穏やかな景色を見つめる。

ナナリーにその景色は見えない。けれど、以前スザクから聞いたことがあった。
ここは、アリエスの宮殿にとてもよく似ていると、ユーフェミアが話していた、と。

だから、ナナリーの脳裏にはかつてルルーシュとユーフェミアと三人で笑い合ったあの場所の景色が浮かんでいる。










―スザクがくれたあの桜の枝は無くしてしまった。



―大好きだったユーフェミアは、もうこの世のどこにもいない。



―誰よりも愛していたルルーシュも、ナナリーの傍にはいない。生きているかも、はっきりと教えられていない。









記憶の中には、愛しくて楽しくて、暖かなものがたくさんあるのに、
今、現在、ナナリーの大好きだったもの達はどこにもない。
ユーフェミアと同じくらい大好きなスザクがいるのに、すぐ側にいてくれるのに
彼が遠く感じて仕方ない。





もう戻れないと知っている。
諦めることは必要だと、ずっと前に理解していた。

守られてばかりではなく、
自分も大切なものを守れるようになりたい。

きちんと歩いていきたい、未来へ。

ちゃんと向き合いたい、大好きな人達と。








そう、思うのに。
たくさんの大切なものをなくしたこの世界より、
過去に、愛に溢れていた昔に戻りたいと願ってしまう。





「…ナナリー。ミス・ローマイヤーが探していたよ。そろそろ戻ったほうが良いんじゃないかな」




「…ええ、わかりました。」









ナナリーはゆっくりと車椅子を動かした。
スザクの横を通り過ぎ、建物の中に消えていく。


誰もいない通路で、ナナリーは顔を覆った。















たくさんのものがなくなり、
世界は目まぐるしく変わっていく。

そしていつか、自分自身さえも変わっていく。













end.戻る

前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ