ブック5

□愛の花
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人に花を送るのは初めてじゃない。子供の頃はナナリーに、道端に咲いていたタンポポなどをよくあげていた。

目が見えないナナリーは、スザクの手から花を受け取るとゆっくりと撫でて形を確かめる。
それで、嬉しそうに笑ってくれていた。
「ありがとう」と。


あの頃は、女の子は花を送れば喜んでくれるものだと、単純に思っていた。





「記録」


「へ?」



物思いにふけっていたスザクの耳に、カメラのシャッター音が届く。
ハッと顔を上げれば、無表情で携帯を打つアーニャがいた。



「…あ、えーと。またブログの更新?」


「そう。綺麗な花だったから」


手袋をはめたままで、アーニャは机の上に置いてあるものを指差す。
そこには真っ赤なバラが一輪だけ咲いていた。


スザクは微笑む。


「やっぱりアーニャも女の子なんだね。花を撮るなんて」

「…どういう意味?」


スザクの発言に、表情は変えずに不機嫌そうに問う。
スザクは慌てて話題を変えた。


「あ、アーニャはバラの花言葉って知ってる?」


そんなスザクをジロリと睨みながらも、アーニャは答える。


「…知らない。花言葉には興味がないから」



「うん、僕もアーニャと同じ。花言葉なんてどうでも良かったんだよね」



だから、ナナリーにはとにかく何も考えずにいろんな花をあげた。
タンポポ、チューリップ、コスモス、桜、つつじ等々。


でも今、この花を彼女に贈るのは、昔ナナリーに花をあげていた頃とは違う。



「…バラの花言葉は情熱、愛情なんだって」

「ふうん…?」


まるで興味がなさそうな彼女の返事に、スザクは苦笑する。



「これはプレゼントなんだ」


「女の人に?」


「……うん。すごく大切な女性に」


「恋人?」


アーニャの問いに、スザクはゆっくり瞼を閉じる。



「…恋人、じゃなかったよ。でも、僕にとって本当にすごく大切な人だった」


「じゃあ、片想いね」


サラッと言い放ったアーニャに、スザクはまた苦笑した。


「そうだね。彼女を好きなのを気付いた時にはもう、彼女は僕の傍にいなかったから。
…本当に、片想いばっかりだな、僕は」



諦めたように力無くスザクが笑う。
アーニャは携帯を閉じて、スザクの隣に座った。



「ジノも、たくさん花を持ってた」


「ジノが?」




似合わない、とスザクは笑う。アーニャも一緒に微笑んだ。



「長い休暇や出張があると、ジノはいつも花を買ってる。
友達にあげるんだって」


アーニャはバラを手にとって眺める。
そしてぽつりと呟いた。



「貴方とジノって、似てる」


「そうかな?僕はジノみたいに世間知らずじゃないけど」


「…違う。そうじゃなくて。
瞳が似てるの。大切なものを失った、哀しみの色が」


「!」


「それだけ…」



そういうとアーニャはスザクにバラを返し、再び携帯を開いて黙った。


渡されたバラを手に、スザクも黙る。



―バラの花言葉は「情熱、愛情」。

真っ赤なバラは、彼女と少しイメージが合わない花だった。
彼女はもう少し小さくて、可愛らしい淡い色の花が似合う。


でも、どうしても彼女にこの愛の言葉を持つ花を贈りたかった。




あの頃、彼女の愛が心地好くて何も返せなかった。
失ってから初めて、自分の気持ちに言葉を見つけた。




いまさら、なにもかも遅い。
この気持ちに言葉を見つけたって、伝える人がいない。聞いてくれる人がいない。
失ってしまった。

だからせめて、この気持ちを形に。独りで孤独に眠る彼女の傍に置かせてほしい。





人に花をあげることにちゃんとした意味を感じたことなんてなかった。

でも、今手向けようとしているこれは自分勝手な愛の花なのだ。











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